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朝比奈さん、長門、と続き、次は古泉ではないか、と思っていた矢先、 気を失ってしまった俺。 ────次に狙われたのは俺だったのか、と思っていたんだが実は…………。 新・孤島症候群─後編─ 長門の部屋で不意に意識が暗転し、気絶していた俺だったが、 どうやら誰かに揺さぶられているようだ。誰だ? 「……キョン」 いつも起こされるのは妹の声だったはずだが、この声は違うな、だけど聞き覚えのある声だ。 「起きてよ」 前にもこんなことがあったような気がするな。確かこのあと……。 「起きなさいってば!」 首をしめられるような気がした俺は本能的に身構えた。そのおかげで急激に意識がよみがえる。 「……う、うーん」 「気がついた?」 ぼんやりした頭を振りつつ起き上がり、俺を揺り起こしたであろう人物を確認する。 黄色いカチューシャが目に入る、間違いない、ハルヒその人である、 しかし、いつものような覇気のある生き生きとした表情ではなく、少し不安げに曇っていたので別人のようにみえる。 「ハルヒか、って、なんで俺寝てたんだ?」 「知りたいのはこっちよ、いつまでたっても戻ってこないから探しに出たら、 あんたはこんなところで伸びてるし、なにやってんのよ」 さて、なにしていたんだっけ? ……そうだ、長門の部屋で、ってここは廊下? どうやら俺は廊下で伸びていたらしい、だが、たしか最後の記憶じゃ本の栞を探して長門の部屋にいたはずなんだが。 「ところで古泉は?」 長門の部屋で気を失う前に一緒にいたニヤケ顔の姿を思い出した、最後に見たのは後ろ姿だったが、 「古泉くん……?」 一瞬、何か奇妙な表情をするハルヒ、なんだ? だがすぐさま俺を睨み返して、 「それもこっちのセリフよ、あんたが古泉くんと一緒に有希を探しにいったんでしょが」 ハルヒは古泉を見ていない、ってことは俺が長門の部屋に入った後、古泉も着いてきたってことだよな、 だとすれば俺が背後に感じた気配は古泉だったのか? いや、なぜだか違う気がする、 あの時の気配は俺より低い位置から感じた、古泉は俺より背が高いからな、 だとしたら俺が気を失った直後に長門の部屋に来て、俺を気絶させたヤツを見たはずだ。 「まさか」 俺は今居る場所を再確認する、長門の部屋の前の廊下だ、 てことは部屋の中で気絶した俺をここまで移動させたやつが居るってことだ。 おそらくそれは古泉で間違いないだろう、おかげで俺は気を失う程度で済んだってことか、 そして、気を失った俺を放置していたとなると、おそらく古泉も朝比奈さんや長門と同様に、 行方不明になってしまったってことだろう、くそ、俺の身代わりに。 俺は閉ざされた部屋の扉をにらみつけながら立ち上がる。 「どうしたのよ」 ハルヒは訝しげに俺を見る、そりゃそうだろう、ハルヒにはこの状況の説明は何もしていない、 すべて古泉たちが仕組んだサプライズだと思っているんだからな。 だが、そんなことを考えている余裕はなかった。俺は後先考えず、長門の部屋の扉を開けた。 予想どおり、誰も居ない、そんなことは確認しなくても解っていることだ、 俺が今一番確認したいことは本の栞だ、しかし、その栞は本ごとなくなっていた、 どうやら犯人はそれを見られたくなかったようだ。だから俺を気絶させたんだろう。 やはり栞になにかしら長門のメッセージが書いてあったってことか。 「あんたねえ、なにがあったかぐらい少しは説明しなさいよ、いつも……」 「ハルヒ」 なにか言いたげだったハルヒのセリフを途中でとめて、 「一階の食堂に向かうぞ」 そう言って俺はハルヒの手を掴み、廊下をずんずんと歩き始めた。 「何よ? え、ちょっとキョン?」 戸惑うハルヒをよそに、俺は森さんたち機関の人達に相談しに行くことにした。 食堂に着いた俺達はさっきまで居たであろう森さんや新川さん達が居なくなっていることに困惑していた。 テーブルの上にある飲みかけのカップや万年筆、厨房には湯気が出ているケトルと、 おぼんに乗っている食器がポツンとあった。 みんな煙のように消えてしまっている。と言った方がいいかもしれない。 くそ、ここで古泉が言っていた言葉を思い出した。ハルヒの前では決して取り乱したりしないってことだったな。 とはいえ、この状況で冷静にしていられるほど俺は出来た人間じゃないってことだ、だってそうだろ。 さっきまで気絶させられていた俺が冷静にしているのもおかしな話である。 俺はしばらく呆けてしまっていたのだ。 「ねえ、キョン……」 いつもとは違うおとなしい感じでハルヒは口を開いた。 「これ、ひょっとして夢なのかな」 ハルヒはきっといつぞやのことを思い出しているようだ、まずいな、 このままいくと神人とやらが出てきてあの夜と同じことが起こるかもしれん、そうだとしたら最後は……。 いかん、それだけは回避したい、それにこの場所には俺の妹と鶴屋さんもいるんだしな。 いや、まてよ、ひょっとしたらここはすでに閉鎖空間ですでに俺達二人しか居ない、なんて事はないだろうな。 それはありえないか、ここが閉鎖空間じゃない証拠に、外で振っている雨と風の音が聞こえている、 たしかあの空間は雨も風も雲も太陽もなかったからな。 瞳を輝かせて何かを思いついた時のような笑顔のハルヒと、今の不安げなハルヒ、さて、どちらがいい? ハルヒには笑顔が一番似合ってると思うが、それは同時に俺が苦労する羽目になるのだ、 で、しおらしいハルヒはどうかというと、これはこれで可愛く見えてしまう、さて、俺はなにを言っているんだろうね。 いかん、落ち着け俺、古泉の言葉を思い出すんだ。冷静にならないと闇雲にハルヒを不安にさせてしまう、 こいつには真相を知られる訳にはいかないんだからな。 今更だがハルヒの手前、一芝居打っておかないといかん、 「ど、どうやら古泉達に一杯食わされたようだ、な」 少々声が上ずってしまっていたが、そこは大目にみてほしいところだ。 しかし、悪いな古泉、恩を仇でかえすようなことをしちまって、とりあえず全部お前たちの仕業ってことにさせてもらうぞ。 「なに? どういうこと」 「こいつは以前お前が言っていた有名なミステリーの模倣じゃないのか、 たしか『誰も居なくなった』とかなんとか」 「ちょっと違うわよ、『そして誰もいなくなった』よ」 ハルヒはいつもの調子にもどって、 「ふうん、なるほどねぇ、キョンにしてはなかなか冴えてる推理じゃない」 不敵な流し目で俺を見下すように見るハルヒ。その姿を見て俺はなにやら無性に不安になってきた。 俺はまた余計なことを口走ったのではなかろうか。 「と、なると……」 ハルヒがあごに手を当てて思案しはじめた、そして何かに気付くようにハッとして、こちらを向く、 そのハルヒの姿を見ていた俺も同様にあることに気が付いた、同時に言葉が出る。 「ひょっとして次は鶴屋さんか妹ちゃんがいなくなるかも」 「まさか次は鶴屋さんと妹が……」 顔を見合わせたハルヒと俺は瞬きする間も惜しんで二階に駆け上がった。 「おぉっと……、どうしたんだいっ、お二人さん」 居眠りをして船を漕ぎ出していた鶴屋さんが俺達が勢い良く部屋に入ってきたことに驚きながら立ち上がった。 「おんや? 二人だけ? 有希っこと一樹くんは?」 鶴屋さんと妹はどうやら無事のようだ、俺達は結構派手に登場したんだが、妹はベッドで熟睡したままだった。 ある意味大物になりそうだ、だが火事や地震などがあったら逃げ遅れること必至だぞ。 「それがどうやらみんな消えてしまったみたいなのよ、ていうのは建て前で、みんなどっかに隠れてるんだわ、 キョンが言うには有名なミステリーの模倣らしいんだけど……」 ハルヒは鶴屋さんに説明し始めた、去年の冬の時、ハルヒと二人で古泉が作った推理ゲームを解き明かしたからか、 鶴屋さんにも謎解きのご教授を願うみたいだ。 他力本願で悪いがもう鶴屋さんしか居ないのである、てか、ここに居る四人しかもうこの館にはいないのだ。 いや、もう一人犯人が居るのかもしれないが。 くそ、一体どうなってんだ? 本当にみんな消えちまったのか? 古泉が言っていた存在が希薄になってるってやつなのか? だとしたら俺が感じたあの気配と、 気絶させられたことにつじつまが合わねえ、それに人だけが消えて荷物や形跡が残ってるのも変だし。 俺はハルヒと鶴屋さんがなにやら相談しながらあーだこーだと言っているやり取りを眺めつつ、 部屋にあった椅子に座り、まとまらない疑問を頭の中で渦巻かせていた。 何か見落としている部分はないか? さてどうだろうか、古泉なら色々と説明してくれそうだがな。 「本当にお解かりでないんですか? とっくに気付いていたと思っていましたが」 いつぞやの古泉のセリフがよぎった、前言撤回あいつの言い回しはわかりにくいんだった、 話がよけいややこしくなりそうだ。 いつも困った時は長門に相談していたっけ、今回も相談したな、結果は俺次第ってことだったが、 「あなたに賭ける」だから何をだよ、俺はただの一般人なんだ。 それから朝比奈さん、あなたのお姿とあなたが淹れて下さったお茶が懐かしゅうございます。 「彼女の一挙手一投足にはすべて理由がある」まさかな、それはないだろう、あいつは結構単純だ。 しかし、単純だからこそこの世界は安定していたのかもしれない、あと強情で負けず嫌いだが。 ん、ハルヒ? まさかハルヒがこの状況を望んだからこうなったのか? いや、それはありえん、そんなことハルヒが望むわけないじゃないか、確信はないが俺はそう思うんだ、 だが、俺がそう思っていただけで実際は違うのか? 人間の心理なんてそうやすやすと計り知れるものではない、ということなのか。 「彼女には願望を実現する能力がある」こんなことを古泉は言っていたが。 事実ハルヒが望んだとされることがすべて現実になっているのはあまりない、と思う。実際はあるんだが。 ハルヒが認識できなかったらかなっていないのと同じだ、だろ? 今のハルヒならそこそこ常識的な行動を身につけてき始めているが、SOS団結成以前だったらどうだったのか、 それこそ本気でいろいろとやってたらしいからな、そのことに関しちゃ谷口あたりが詳しそうだが、 俺はあまり知らん、ひょっとしたら古泉あたりが後始末に追われていたのかもしれんがな。 もしも、だ、ハルヒのようなトンでもパワーが俺に有ったとして、願望が実現できるとしたらどうだろう、 しかも多感な中学生くらいの時にだ、ふむ、はっきり言おう俺は超能力者になって、 悪い異星人に連れ去られたヒロインを救い出すような物語の主人公になりたかったのだ。そこ、笑うなよ。 結構本気でサイコキネシスやテレパシーの存在を信じていたんだからな。 てことはハルヒような力があればその願望が実現できたのだろうか? それとも世界の物理法則を捻じ曲げるような願望ははなっから実現不可能として却下されてしまうのか。 ならば実現可能な願望ならどうだろうか、いやいや、そんなありえないこと考えるんじゃなくてだな、 そんな力を持った人間としてもだ、いずれ誰かと意見が衝突したりすることもあるし、 気に食わないやつがいたりすることもあるだろう、そんな状況になってどういうことを思うのか? 親しい友人でも喧嘩するときがある、親と言い争いになったりもする、 そんな心理状況の時に思ってしまったことが実現するのだとしたら……。 古泉の言葉じゃないがちょっとした恐怖だな。佐々木が辞退することも頷ける。 だがハルヒはそうじゃなかった、あいつは閉鎖空間を作り出し、巨人を暴れさせてストレスを解消してたんだ、 古泉達はどう思ってるか知らないが、ある意味平和的だといえるだろう、誰かの不幸を願ったりするよりもな。 俺だったらせめて望みがかなうのは三つくらいにしておくのが丁度いいかも知れん。 俺の望みは安定した収入と犬を洗える位の庭付きのマイホームと安穏とした老後、こんなもんか……。 ────で、なんの話だっけ? あれ? ガクリとイスの背もたれに乗せていた肘がはずれ、 びくっとなって目を開いた。 なにやら幸せな家庭生活を営んでいた気がするんだが、夢か、って、寝てたのか俺。 まずい、こんなときに寝ちまうなんてなんて不謹慎なんだ、ハルヒに見られたら何を言われることやら……、 て、いない? 今この部屋にいるのは俺と眠っている妹だけだった。 ちょっとまて、冗談だろ。一気に血の気が失せた、ハルヒ、鶴屋さん、二人とも消えちまったのか? そんな馬鹿なことがあるか、さっきまでそこにいたんだぞ、何の物音も立てずに二人を消しちまったっていうのか。 呆然と立ち尽くしていると、入り口のドアがガチャリと開いた。 びくっとして俺はその方向を見る、 「お、お目覚めかいっ、キョンくんっ、口によだれがついてるよぉん」 「つ、鶴屋さん、どこにいってたんですか、心配したじゃないですか、ほんとに」 俺は一気に全身の力が抜けて再度イスに座り込んだ。ついでによだれも拭いておく。 「いやぁ、めんごめんごっ、ちょいっとした生理現象さっ」 うぐいすの鳴き声のようにあっけらかんと言い放った鶴屋さんはベッドの上に座り込んだ。 「目が覚めたら二人ともいなくなってたからてっきり消えてしまったのかと……」 ふと鶴屋さんの顔を見るとなにやら俺の顔色を伺っているような感じでこっちを見ている、いったいなんなんだ? 「で、ハルヒは一緒じゃなかったんですか?」 「やっぱハルにゃんが心配かい?」 ニヤッと笑った猫科の生物の表情でまじまじと俺の顔を見る鶴屋さん、思わず目線をそらしてしまう。 「か、仮にも団長様だからな、一応。でも俺なんかが心配しようがしまいがあいつは自力でなんでも出来ちまうやつですよ」 そういいながら俺は立ち上がる、なんでかな、なにか急激に部屋にいるのが落ち着かなくなってきたのだ。 「ハルにゃんはついさっきまで一緒にいたんだけどねっ、急に『やっぱちゃんと自分の目で探してみなきゃだめね』 と言って下の階に走ってったのさっ」 まあ、自ら行動しはじめてイノシシの様に突き進むのはいつものことだ。 俺は立ち上がったついでとばかりに、 「俺もちょっくら生理現象のようです」 っと鶴屋さんに伝えてドアの方に進み始めた。 部屋から出る直前、鶴屋さんが俺に、 「がんばるっさ少年K」と小声で言っていた。なんですかそれは、少年Kって俺のことですか、まさか、少年Nの悲劇の次回作? などと冗談を言っている場合じゃないな。 さてっと、たしかハルヒは下に行ったんだったな。 とりあえず一階に向かう、不気味なまでに静まり返ったこの別荘で、聞こえてくるのは外の雨の音のみ、 しかも今は深夜で、俺を気絶させた者がいるかもしれないんだ、そして一番頼りにしていた長門もすでにいない。 なにか武器になりそうなものがあれば少しは落ち着くんだろうか、くそ、ビビるんじゃねえ。 とはいえ、なんの特技もない一般人の俺が、長門や古泉達をどうこうしちまったやつ相手に対抗できるとは思えん、 じゃあ、何で俺はこんな無謀なことに身を投じているんだ? 全く解らん、だがおとなしく部屋で待ってるよりかは幾分ましだ、 何か行動を起こしているほうが気がまぎれるってもんだろ。 それから、ハルヒは完全に古泉達の仕業と考えてるからな、ここはうまく誘導してやらないと簡単に敵の手に落ちてしまうかもしれん、 しかし、もし犯人が去年ハルヒが作り出した神出鬼没の何かだったとしたら、 それにハルヒが襲われるなんてことがあるのだろうか、まったくわからんが。 そういや古泉がハルヒの作り出した者が俺達に敵意をもって危害を加えるなんてことはないと言っていたな、 その意見は俺も同意しとく、とはいえ、犯人の正体もわかっていないんじゃ何の確信も持てないが。 一階を見回したがハルヒの姿はなかった。不安が倍増する。 地下の遊戯室まで行ったのか? しかし、こんな状況でしかも静まり返ったこんな洋風の別荘の地下室に一人で向かう事になるなんて、 一体どこの体感ホラーゲームだよ、こんなアトラクションなんざ望んでねえっつーの。金返せ、払ってないけど。 そいうや、昔やったゲームに似たようなシチュエーションがあったなぁ、そんときゃ、 なんで主人公はわざわざ殺されるような危険な場所に自ら行くんだ? などと思ってたんだが、 よもや自分が実践することになろうとは……。 いかんいかん、余計なことを考えてたらゲームの映像が出てきちまったじゃねえか、ドアを開けたら血まみれの……。 「────!!」 駄目だ、駄目だ! 変な考えを起こすんじゃねえ俺の頭。 俺は雑念を振り払うように頭を左右に振った。そのときである。 「……キョン?」 背後から声がした。 天井に頭をぶつけそうになるくらい飛び上がった、魂と共に心臓も口から出てきたんじゃないかと思うくらい、 鼓動が止まった気がする。 俺は反射的に声のしたほうに向いた、だが、情けないことに向くと同時にしりもちをついてしまったのだ。 「ハ、ハルヒ……」 かろうじて声を出す。 そこにいたのは左右の靴をはき間違えて外出したことに気付いてしまったような表情のハルヒだった。 「お、驚かすなよ」 心臓が止まるところだったぞ、おっと、確認してなかったが止まってないよな。自分の胸に手をやって確認する。 「驚いたのはこっちよ、あんたがそんなリアクション取るなんて予想外だったわ、 あーミスったな、今のビデオに撮っとけばよかったわぁ」 ケケケ、と悪戯を思いついた悪ガキの様な笑みを浮かべながらハルヒは近づいてきて、しりもちをついた俺に手を差し伸べた。 俺がその手を掴もうとした時、ハルヒ少しためらいの表情を浮かべ、俺の手をしばし見つめてた気がしたが、 ハルヒの姿と思わぬ失態をさらしてしまったこととによる複雑な気分が、俺の中でマヨネーズのように混ざり合って、 まともな思考が働かなくなっていたのだ。 俺はそのまま何も考えずに差し伸べられた手をつかんでしまった。 あとから考えたらかなりカッコ悪い姿だ。また思い出したくねえ記憶が増えちまった、欝だ。 そんなことを考えてた俺は、ハルヒが手を差し伸べるなんてらしくない姿だということにも頭が回らなかったのである。 「やっぱそう簡単には見つからないわね、みんなが隠れてる場所」 ハルヒは溜息交じりにつぶやいた、珍しくあきらめが早いな。 「まあね、推理なんて事件が終わってからでないと考えても仕方ないと思ったのよ、それに、 ちょっと小腹がすいてきたってのもあるし、続きはなにか食べてからにしましょ」 そういってハルヒは食堂の厨房に向かっていった。まったく能天気でいいなお前は。 一般市民である俺はこんな状況に陥っちまって食欲もでねえんだ、少しは俺に分けてくれ。 厨房に入って約15分くらいしてからハルヒが出てきた、山盛りのパスタを乗せた大き目の器を持っている。 「おい、お前はどんだけ食うつもりなんだ、夜食とか小腹がすいたって程度の量じゃないぞ、それは」 「一人で食べるんじゃないわよ、あんたと鶴屋さん入れて三人分作ったのよ」 それにしてもちょっと大盛りなきがしなくもないが、ハルヒにとってはこの量が三人前なんだろうか、 そういや、ハルヒの作る料理はいつも大量だったな、それはもともとコイツは大食いだからなのか? 長門がいればちょうどいい量かもしれないが、今は行方不明だからな。 「ひょっとしたらこの香りに誘われて隠れてる誰かが出てくるかもしれないじゃない」 それが朝比奈さんや長門だったらいいんだが、神出鬼没の犯人が出てくることのないように俺は願いたい。 だが、たしかにいい香りがするな、少々の騒音でも起きない妹もこの臭いで起き出すかもしれん。 「じゃ、鶴屋さんの部屋に行くわよ、食事はみんなで食べた方がおいしいもんね」 パスタの入った器で両手でふさがれたハルヒはニンマリと微笑むと、 「それからキョン、取り皿持ってきてちょうだい、人数分、あと箸も」 俺はそんなハルヒの姿を見てさっきまでの緊張感はなんだったんだろうと思いながら厨房に向かい、 小皿数枚と箸を探しはじめた。まったく何やってんだ、こんな非常事態に俺は。で、フォークじゃなくて箸でいいのか? ハルヒに続いて二階に向かっていく。 このままハルヒのペースに流されたままでいいのかよ、俺。とは言え、俺になにか出来るのか? つってもなんも出来ないのが実情なのだが、出来るのはせいぜいツッコミ役ぐらいだ、情けねえ。 そうこうしているうちに、鶴屋さんの部屋の前に着いた。 ハルヒは鶴屋さんの部屋のドアをいきなり開けて、 「鶴屋さん! 夜食作ったから一緒に食べましょう」 おいおいハルヒ、せめてノックぐらいしろよ。 後ろから着いて来ていた俺はハルヒを止めることも、先にノックしたり、声をかけることも出来なかったのだ。 さすがにこの元気なハルヒの声を聞いたら妹も目が覚めるかも知れんな。などと思っていると、 「缶詰のパスタソースで作った手抜きメニューなんだけど……て、あれ?」 ハルヒは献立の説明をしながら部屋に入り、数歩も行かないうちに何かに気付いたように立ち止まった。 なんだ? ひょっとして鶴屋さんも爆睡しちまったのか? そういやさっきは眠そうにしていたっけ。 「……いない」 ポツリとハルヒ。 「な……なんだって!?」 一瞬にして思考が止まってしまった。俺は部屋の入り口近くに立ちつくしているハルヒを押しのけ、中を確認した。 中には誰もいなかった、鶴屋さんも、寝ていた妹もである。 よく、衝撃的な場面に出くわした人は手に持っていた物を落としたりする表現がテレビなどであるが、 実際その状況になったらそんなことはない、逆に力が入って持ってるものを放せなくなるのだ。 あと、以外に取り乱したりするようなことはなく、何故か普段と同じ行動をとったりするんだそうだ。 ま、状況の把握までタイムラグが生じている、っと言った方がいいのかもしれない。 俺とハルヒは持っていた食器をテーブルの上に置き、誰もいなくなった部屋の中を見渡した。 沈黙がながれる。 つづく
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imageプラグインエラー ご指定のURLはサポートしていません。png, jpg, gif などの画像URLを指定してください。 何を企んでいるのか聞かせてもらおう 名探偵は奇怪な事件を呼び寄せる ばば抜き 半時ほどの船旅 合宿1日目 どれがビーチボール? 合宿2日目 なんて我がままな王様だ! 合宿3日目 まさか、冗談だろう?
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imageプラグインエラー ご指定のURLはサポートしていません。png, jpg, gif などの画像URLを指定してください。 この状況はクローズドサークル 最大の容疑者は裕さん 探索 洞窟での謎解き 誰が来ても開けるなと言われている 御芝居は終りです 名探偵ハルヒの名推理 やっぱり、お前の組織の仕込みか
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朝比奈さんがいなくなった────、 これが、この後俺がとんでもなく苦労する事件の幕開けだったとは知る由もなかった。 新・孤島症候群─前編─ その後、皆の所についた俺たちは誰も朝比奈さんを呼び出したりしてないことを知ると、 妹を鶴屋さんに預け、手分けして探すことになった。 一階は多丸兄弟とハルヒ、二階は森さんと新川さんと長門、三階が俺と古泉で探すことになった。 長門に聞くのが一番手っ取り早いがその前に聞いておかなければならない相手がちょうど目の前にいる。 「古泉、ひょっとしてこれはお前の仲間たちが仕組んだサプライズなのか? 消えてしまった朝比奈さんを探すかくれんぼ的な何かなら最初にそういってくれ、 決して怒ってるわけじゃない、それならまだ楽しむべき余地があるってだけだ。 こんな不安な気分はとても心臓に悪いからな」 俺はいつもの笑みを消失したハンサム野郎に問いただした。 こいつがすでにまじめな顔になっている時点で心臓に悪いのだが、それでも問い詰めたい心境だった。 「残念ながら僕も先ほど新川さんと森さんに問い合わせましたがそんな予定はないそうです」 「それは演技じゃないだろうな」 「それはないと思います、もしサプライズを仕掛けるとしても、 こんな初日の夜からはしないはずですからね、 新川さんも森さんも予定外なことだと言ってましたし」 階段を上りながら古泉はいう、いつもの冗談であって欲しかったがどうやら本当のようだ。 三階を探索しつつ俺と古泉は片っ端から扉を開ける、どの部屋も鍵はかかっていなかった。 もちろん、中に誰もいない。 「こうなると彼女は時間移動したと考えた方が良いですね、 そうだとすると涼宮さんにどう説明すればいいのか考えないといけないんですが……」 俺も最初にそう思ったが、朝比奈さんが前触れもなくいきなり時間移動するなんて思えなかったからな、 あの時、朝比奈さんは『また後でね』って言ったんだ、いくらなんでもお別れのセリフじゃない。 あと、ハルヒにホントのことを言うわけにはいかないからな、 お前たちが仕組んだサプライズだと思わせた方がいい気もする。 しかし、真相がわからんうちは、うかつな行動は出来ないな。 「そうですね……」 と、言った後古泉は思慮深く伏せた目をゆっくりと開き、 「実を言うとひょっとしたらあなたなら真相を知ってるんじゃないかと僕は思ってたんですが、 その様子じゃ本当に前触れもなく彼女は消えてしまったんですね」 どうやら古泉は俺と朝比奈さんでまたもや時間移動をして、 なにやら未来からの指令でお使いもどきをしているんじゃないかと勘ぐっていたようだ。 そうだったら良かったんだがな。 俺はこんなところを真面目に探しても朝比奈さんを見つけることは出来ないと判断し、 二階に向かうことにした。 もう一人の方のSOS団メンバーにも相談しなきゃならん。 「とりあえず長門に相談してくる」 二階に行くと、鶴屋さんと妹に会った。妹はすでに限界らしく、 今日のところは鶴屋さんの部屋に泊まることにしてもらったようだ。 鶴屋さんと一緒なら安心です。 「すいません、鶴屋さん、お願いします」 「妹ちゃんはまかしときなっ、そのかわりキョンくんっ、 みくるを見つけてきたら超特急であたしのところに連れて来るんだよっ、 みんなを心配させたことを、あたしがメって叱ってあげっからさっ!」 「解りました、必ず見つけて連れてきます」 鶴屋さんの口調はいつもの感じだったが、やはり心配しているのだろう、 いつもの覇気は感じられなかった。 「あ、そうだ鶴屋さん、長門がどこにいるかわかりますか? たしかこの階にいるはずですが、 長門にもちょっと聞いておかなきゃならない事がありまして……」 大体の事情を知っている鶴屋さんだからこそ言えるセリフである。 「長門ちゃん? そういやさっき自分の部屋に入っていったような……、あれ? みくるの部屋だったか? ま、どっちか知んないけど部屋に入ってったと思うよ」 鶴屋さんを見送ったあと、俺はまず隣の朝比奈さんの部屋に向かった。 ノックをすると、「どうぞ」っと新川さんのしぶい声が聞こえた。 中に入ると森さんと新川さんがいて、長門はいなかった、森さんはクローゼットの中を調べていて、 新川さんは窓の外を注意深く見ていた。 「何かわかりましたか?」とりあえず聞いてみた。 予想通り、なんの痕跡も見当たらなかったそうだ、しかし、二人とも調べ方に無駄がないというか、 手馴れた感じが見受けられるんだが、この人たちは本当に何者なんだろうか。 次に俺は長門の部屋に向かう。 いきなり開けるのも何だと思い、とりあえずノックをしようと手をあげた時、ドアが開いた。 当然ドアを開けたのは宇宙人製有機アンドロイド、SOS団の影の最高実力者だ。 「長門……、いたか、さっそくで悪いがこの状況どうなっている? 朝比奈さんはどこにいったんだ?」 長門はゆっくりとした動きで背中を向け、 「……入って」 と言って部屋の中に歩き出した。 さすが長門、何か解ったんだろうか、と期待して俺も後に続いて部屋に入った。 しかし、期待した答えは聞けなかった。 「朝比奈みくるは現在時空間に存在していない、異時間同位体の存在も確認されていない」 いつもの抑揚のない声で話す長門。て、ことは朝比奈さんは時間移動をしたってことなのか。 「彼女の持つ能力を考慮するならそう考えるのが妥当、その可能性も高い、 しかし、他の可能性も危惧できない」 他の可能性? 長門は少しためらうように俺の顔を見て、 「朝比奈みくるが存在するはずの未来がなくなった可能性」 どういうことだ、それは? なんとなくしか解らんが、未来がなくなる? 「朝比奈みくるがいない別の未来に、または、 未来には存在しているがこの時間に時間移動をしてくることがない未来に分岐したのかもしれない」 ちょ、ちょっと待ってくれ、妹をトイレに行かせて歯を磨かせる間に、 そんなごっそり未来が変わっちまうような選択肢なんて無かったはずだぞ。 まさか妹をトイレに行かせたり歯を磨かせるのが朝比奈さんの未来をなくしたってんじゃないだろう? それともそんな些細なことで変わっちまうものなのか、未来は。 じゃ、何か? 俺のとった行動で朝比奈さんを消しちまったのか。 「まだそうと決まったわけではない、そんな程度では未来に向かう流れを変えることは不可能、 ──落ち着いて」 少々頭に血がのぼっていた様だ、長門の最後のセリフ『落ち着いて』を、 音量をあげてゆっくりと言ってくれたおかげで俺はどうにか落ち着いた、サンキュー長門。 「それじゃ俺たちはこれからどう行動すればいい? あと、この件なんて説明すればいい? 朝比奈さんの正体は言えないからな、ハルヒには」 原因は解らないままだが、それよりこれからどうするかってのが今考えるべき優先事項だ、 そのために長門のところに来たってことを今更ながら思い出した。 「わたしは観測するのみ、ただ、わたしと言う個体は、このような変化を望んでいない。 むしろ現状回復を望んでいる、……未来との同期機能を禁止したため、 どの行動がわたしの望む未来につながるのか知るすべはない。 ……だが、わたしは鍵であるあなたの行動に従うのが良いと判断する」 まっすぐ俺の方を見ていた長門は、そう言うと部屋のベッドの上に座り込んだ。 おいおい、質問を質問で返すなよ、なんだ? 結局は俺次第ってことなのか。 「……そう」 うーん、断言しやがったぞ、まったくなんだか知らんが肝心な選択はいつも俺のような気がする。 ただの一般人に押し付けないほうがいいと思うんだがな。 「それじゃあ……と」 少し考察したが、やっぱり俺には安易な考えしか浮かばなかったのだ。 「ハルヒには朝比奈さんが消えたのは古泉たちの仕組んだサプライズってことにする、 それでいいか、長門。ハルヒがそう信じればそれが現実になるかもしれないからな、 まあ、これは古泉理論だが」 長門は「わかった」っと言って頷いた。最小限の動きで。 そうと決まればさっそく古泉にも報告しなきゃならん、 あいつならどんな状況でもうまく説明してくれそうだしな、ハルヒへの説明役はまかせたぞ。 そう思い、長門の部屋から出て古泉を探しにいく。 さて、あいつはまだ三階かな。 「ちょっとキョン! あんた古泉くんと三階を捜索してたんじゃなかったの?」 げ、ハルヒ。不意に声をかけられてギクリとする、おどかすなよ。 「それになんで有希の部屋から出てくんのよ! みくるちゃんがいなくなると言う非常事態なのに、 女の子の部屋を物色するようなマネしてるなんて非常識よ! こんなアホが団員にいるなんて団長として恥ずかしくて涙が出てくるわ! いえ、あたしの涙はそんな安っぽくないわよ、ダイヤよりも価値があるんだからね!」 涙を比喩するなら真珠じゃないのか。などと思ったが口には出さない。 「そんな大罪を犯したあんたは罰として雨の中、別荘の外の探索でもしてもうらおうかしら」 ハルヒはズカズカと俺の前まで進み、目にもとまらぬ動きで俺の胸ぐらを掴み、締め上げた。こ、殺される。 「ま、まて、誤解だって……、話を聞けよ、……ちょっと長門と相談してただけだ」 とにかく俺は事後報告としての三階の探索結果と、長門に相談しに来た理由をハルヒに説明する。 「だから、古泉と長門に訊いたらこれは去年と同じようなサプライズパーティーかもしれないってことなんだ、 古泉も今回は騙される側にいるから詳しいことは知らされてないらしいんだ、 そこで俺は長門にも訊いてみただけなんだよ」 いくら説明してもハルヒは疑いの眼差しで俺を睨んだままだ、 くそ、俺じゃハルヒを納得させることは出来ないみたいだ、やはりこの役は古泉が適任だ。 だから早く助けに来い。そして口裏を合わせてくれ、おまえならできる。 て言うか長門、お前なら部屋の中にいても俺のこの状況を知ることが出来るんじゃないのか、 出てきて助け舟を渡してくれよ。 俺の祈りが通じたかどうか知らないが、程なく古泉が来てうまくハルヒをなだめてくれた。 ハルヒは、そうなの? と一言いって納得する、くそ、古泉の説明なら簡単に聞きやがって。 「何いってるの、あんたと違って古泉くんは副団長なのよ、信頼できる実績があるに決まってるじゃない、 ただの雑用係のあんたとは出来が違うのよ」 だそうだ、よかったな、古泉。お前らの崇める女神様から信頼されてるぞ。 しかし、さすがと言うべきか、よくボロが出ずに説明できるな。りっぱな詐欺師になれるぞ。 て、ずっと猫をかぶってるお前はすでに詐欺師みたいなもんだがな。 「て、ことは消えたみくるちゃんを探すのが今回の目的なのよね、ふむ。なるほどね」 なにがなるほどか知らんがハルヒの興味が別の方に向いたのは幸いだ、今のうちに、 「古泉、早く新川さんと森さんたちにこの経緯を話しておいた方がいいんじゃないのか」 俺はハルヒに聞こえないように小声で耳打ちした。 「実を言うと、ここに来たのは先ほど長門さんから連絡があったからでして、 あなたとの相談結果は既に森さん達に連絡しておきました、安心してください」 なんだ、うまく口裏をあわせてくれたんだと感心していたがここに来る前に知っていたのか、 とはいえ、もうちょっとでこの雨の中外に放り出されるところだったからな、 助かったぜ、と言いたいが俺にウインクするな気色悪い。だから感謝の辞は長門に送ることにする。 しかし、結果的には助かったが長門も遠回りな助け舟を出したもんだ、 それともハルヒに説明するのは古泉が適任だとでも判断したんだろうか、たぶんそうかもしれないな。 長門がでっち上げの説明を長々とハルヒにするようなことはしないだろうからな、 そういうのはここにいるニヤケ野郎の分野だ、ん、そういえばコイツの表情、 デフォルトの激安スマイルに戻ってやがるぞ。 「今回の出来事はサプライズパーティの一種ということにするのでしょう? だったら涼宮さんをその気にさせた方がいいのではないでしょうか、それに、僕は演技が得意ですからね」 どちらかといえば詐欺師にちかいんだが。 「なにこそこそ話してるのよあんた達、なんか気づいたことでもあるの? だったらちゃんとあたしに報告しなさい」 いつのまにやらハルヒが両手を腰にあて、仁王立ちでこちらを見ていた。 とは言え、不機嫌でも怒っているわけでもないようだ、それはハルヒの目の輝きをみれば一目瞭然だ。 「なんでもねえよ」 と、俺は軽くごまかし、 「で、ハルヒ、これからどうするんだ、もう一回別荘の中見て回るのか?」 「うーんそうねぇ……、さっきとは違う視点で探索した方が良さそうね、 隠し通路や隠し部屋とかがあるかもしれないしね」 そう言われればここは古泉のいう機関が用意した場所だ、そんなもんがあってもなんら不思議じゃないな、 地下に秘密基地のようなものがあり、 そこで指揮官やら支部長などが古泉たちエスパー戦隊に命令を下している、なんてな。 なぜか指揮官は森さんで参謀が新川さんというキャスティングとなっており、 露出多めの衣装をまとった森さんの指令に、イエス・マム! などといって出撃する古泉──。 われながらアホな想像をしてしまったようだ、俺の顔をみた古泉はなにやら怪訝な表情をした。 「残念ですが隠し通路や隠し部屋なんてものまでは用意してないですよ」 古泉は聞いてもいないのに返事をしてきた。 「そうなると、まずみくるちゃんの部屋をちゃんと調べたほうがいいわね、 隠し通路や階段があって別の部屋に繋がってるかもしれないわ、キョン、一緒に来なさい」 「おい、ちょっとまて、なんで俺だけなんだ……」 古泉は? と言いかけた時、 「いいから、さっさと来なさい! あ、古泉くんは情報収集を頼んだわよ」 と言って俺の腕を掴んで無理やり引っ張っていく、その姿が滑稽にみえるのか 古泉がいつも以上にニヤついて俺に手を振って見送っていやがる、くそ、厄介ごとを押し付けられた気分だ。 再び朝比奈さんの部屋に来た、先ほどとは違い、森さんと新川さんの姿はなかった、 今頃、機関のメンバーで今後の傾向と対策を練っているのかもしれない。 ハルヒは、部屋に入って扉を閉めるなり、 「今回も古泉くんは事情を知っていて私たちを欺いてるかもしれないわ」 いたずら好きな猫のような表情でハルヒは俺につぶやいた。俺は違うと思うがな。 「実際はどっちでもいいのよ、ただそう考えて行動した方がより面白いじゃない、 折角いい舞台用意されてるんだし」 そうかい、好きにしろ。俺はこのまま朝比奈さんが消えちまった事実をなんとかしてもらいたいだけだ。 「で、この部屋を調べるのか」 さっき新川さんと森さんが調べてなにもなかったんだから俺たちが調べても、 もう何も発見することはないはずだ、俺としては無駄な労働は極力したくないんだが。 「その前に……」 ハルヒが威圧的な声をだし、俺を見据えた。 「キョン、有希とはどういうやり取りでなんて言っていたの? 詳しく教えなさい」 なんだか知らないが、いきなり始まった尋問に俺は動揺する、いかん落ち着け、 また変な誤解をされちまうぞ。 とりあえず真実は話せないから古泉が言っていたことを反芻するような感じで言葉を紡ぐ。 それを聞いてハルヒは、あごに手を当て、思考をめぐらすように壁か空間かをにらみ、 「ひょっとしたら有希もグルかもしれないわね」 おいおい、いくらなんでもそれはないだろう。 「もちろん、有希があたしたちを騙すなんて思わないわ、きっと、この事件の真相に気づいたのよ、 それであえて古泉くんの話に乗って、自分は傍観者になってるんだわ」 お前は違う意味で感が鋭いな、確かに長門は傍観者で、観察するのが使命だといってるしな。 「それもそう考えた方が面白いからか? だからと言って長門と古泉を仲間はずれにするのはちょっとどうかと思うぞ、俺は。 それに、それは全部お前の勝手な推理であって事実じゃないだろ」 「わかってるわよそんなこと、こう考えた方が面白いって話よ、 あたしが仲間はずれになんかする訳ないじゃない、でも……」 勢い良くしゃべってたと思ったら急に失速した、でも、なんだ? 「ううん……なんでもない」 ハルヒは何やら言いよどんだが、すぐさま勢いを取り戻し、俺のほうに一歩踏み出して、 「これからみんなあたしの部屋にいったん集合しましょ、収集した情報の整理をしなきゃね、 あと、解ってると思うけど有希と古泉くんにはさっきのことは内緒にしときなさいよ」 別にお前の推理をあいつらに言うつもりはないが、なぜ敢えて口止めをする。 「決まってるじゃない、あの二人は真相を知っていてこの推理ゲームをより面白くする偽の情報を持ってくる可能性があるからよ」 お前がこの事件を完全に推理ゲームだと思い込んでくれさえすればいいさ、 そのためなら俺は少々お前の理不尽な命令だって聞いてやるよ。と、まあ結果はいつもと変わらん気もするが、 今回は心構えがぜんぜん違う、この事件を朝比奈さんを見つけ出すというハッピーエンドにさえなればいいんだ。 「それにもし、このことを有希と古泉くんに話して、『ばれちゃいましたか、実はこの事件の真相は~なんですよ』なんて、 ばらされたら興ざめするわ、そのあと仕掛け人側にまわってあんたと鶴屋さんをだますことになって……それはそれで面白そうだけど」 どっちなんだよ。 「やっぱそれはだめよ、あんたのもどかしい推理なんてみてたらあたしきっとイライラしてすぐばらしちゃうわ」 ハルヒは腕を組んで考え込んだかと思うと、頭を振って考えを否定した。あーもうお前の好きにしろよ。 「取りあえずこのあとお前の部屋に集合なんだな、でも寝ちまった俺の妹と付き添ってる鶴屋さんはどうすんだ?」 「そうね、一応鶴屋さんにはあたしが声をかけておくわ、キョンは有希と古泉くんを呼んできてちょうだい」 さて、こうなったら俺は成り行きに身を任せるしかない、あれこれ考えるのは一旦終了だ。 俺は長門と古泉を呼びにいくために部屋から出る。出る直前、部屋の時計が目に入った、 もうすぐ午後十一時になろうとしている。 朝比奈さんがいなくなったのが九時半ごろだったからそろそろ一時間半ほどたっているな、 俺としてはもっと時間が経過してる気分だったんだがな、きっと俺の中の朝比奈さん分が不足しているからに違いない、 はやく補給しないと欠乏症になって思考能力や気力が低下しちまうぞ。 廊下を進み、長門の部屋の前にきたが、俺一人で行くとまたどっかの誰かが勘違いするかもしれん。 と、いうわけでまずは古泉を見つけるとすっか。 古泉はすぐに見つかった、一階で新川さんや森さん、多丸さん達と何やら相談していたようだ。 とはいえ、あからさまに相談しているわけじゃなく、それぞれ別の部屋で自分の役割をこなしながらだ、 この辺、俺はさすがだな、と感心する。 俺は古泉に、今のところハルヒに対しては順調に進んでいることを伝えた。 「で、そっちはどうだ? その様子だとあんまり状況は変化していなさそうだが」 古泉はいつもの営業スマイルを50%OFFにして、 「そうですね、我々としましては今まで事前準備か事後処理の方を主に活動してきましたからね、 ですから我々の出番は事件が解決してからですね、つじつま合わせの解説役なら得意分野なので任せてください。 そしてあなたにはうまく涼宮さんを誘導してもらえればよろしいかと」 そううまくいけばいいんだがな、あいつは手綱も騎手もお構いなしに、 空を自由に飛ぶペガサスのフリをしたじゃじゃ馬だからな。 そういやそのじゃじゃ馬が呼んでるんだった。あんまり遅いとまた罰金なんて言われかねん。 「とりあえずハルヒの部屋に集合だそうだ、あと、途中で長門も連れていくぞ」 ではまた後ほど、っと言って新川さんや森さん、多丸さんたちに一礼した古泉と俺はその場を後にした。 二階に上がった俺たちは、まず長門の部屋に向かう。 さっきはノックする直前で扉が開いたのだが、今回は普通にノックすることができた。 「長門、いるか? ハルヒの部屋に集合だそうだ、この事件に関してみんなの意見を聞くらしい」 返事がないのはいつものことで、長門は無言で扉を開けてくると思っていた。しかし、 しばらく待っても何のアクションも起きなかった。 「長門? ……いないのか?」 もう一度ノックしたあと、俺はゆっくりと扉を開けた、鍵はかかっていない。 予想通り、中は無人だった。この情景は朝比奈さんがいなくなった時を思い出させ、一抹の不安を俺の心に落とす。 だが、長門のことだ、呼ばれてることを察知してすでにハルヒの部屋に行ったんだろう、と俺は思い直し、 「なんだ、先に行っちまったのか、無駄足だったな」 古泉は複雑な顔をして肩をすくめていて、俺はいつものようにハルヒに、遅い! などと言われそうだなと思い、 足早にハルヒの部屋に向かった。 この時にはまだ、俺は気付いていなかったのだ。すでに長門も行方不明になっていたことを。 そのことを知ったのはハルヒの部屋に行った後のことだった。 挿絵 つづく
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今回のこの事件、実行犯は俺だった。ま、種を明かせばそういうことになる。 だが、そううまく事は運ばなかったのだ────、 「誰? 誰かそこにいるの?」 ────なんと、ハルヒに見つかっちまったい。どうすりゃいい? 新・孤島症候群─結末編─ 完全に予想外だった。たしかハルヒは下の階に走っていったと鶴屋さんは言っていた、それが正しければハルヒは一階に行き、三階には来ないはずなんだ。しかし、今のこの状況はそうじゃない、はっきり言おう、アイツには常識どころか既定事項すら通じないのか、っと。 「みくるちゃん? みくるちゃん見っけ!」 ハルヒに指を刺されて固まった表情のまま朝比奈さんはゆっくりとハルヒの方に向く。 別にかくれんぼをしてた訳じゃないんだが……。 朝比奈さんだけなら何とか言い訳も出来たのかもしれない、ハルヒにとって、この事件はただのサプライズパーティなんだからな。 古泉たちが仕組んだ人が消えていくミステリー、朝比奈さんは最初の犠牲者でどこかに隠れている、っということにしておけば、たとえハルヒに見つかったとしても「見つかっちゃいましたぁ、えへへ」で、済んだかもしれない。だが、 「それ……と、……キ、キョン!?」 どこかに隠れようとしてあたふたしている俺に声を掛けた。 そうなのだ、俺は絶対見られてはいけなかったのだ、どう考えてもこの時間にはもう一人俺がいて、今現在、鶴屋さんの部屋のイスに座り込んで居眠りをしているはずなのである。 さて、どうやってこのピンチを切り抜ける? 考えろ、俺。 だが、よくよく考えてみればハルヒが言っていたセリフと鶴屋さんが言っていたセリフに矛盾があったのだ。そう、ハルヒはすでに一階の探索は自分の目で行っていたのだ、多丸さん兄弟と共に。 だとすると『やっぱちゃんと自分の目で探してみなきゃだめね』と言っていたのはそれ以外の場所ってことになる。二階は長門と森さん、新川さんで、三階は俺と古泉が調べたんだ、二階は朝比奈さんがいなくなった時に全員集まって探しはじめた場所だし、ハルヒもその場にいた、ってことは、ハルヒが言っていたのは三階のことになる。だからハルヒが三階を探索しに来るのは当たり前なのだ。 と、言うことは。鶴屋さんが嘘をついているって事になるんだが、一体なぜ? いやいや、今はそんなことを考察している暇はない。俺が二人いるこの状況を、目の前にいるこいつにどう説明すればいいのか考えなきゃならんのだ。下手な説明だと、古泉が言っていた想像したくない結末に向かうかもしれん。 かと言って真実を話す訳にはいかないのが、なんというかコイツのややこしいところなのである。仮に真実を話したとしてもコイツは信じないと思うが、それによって別の被害が発生する可能性があるのは既に去年の映画撮影時に実証済だ。 ハルヒは豆腐とヨーグルトを間違えて食べてしまったような戸惑った表情で立ちつくしている。無理もない、俺が居眠りしている部屋から出て、階上から人の気配がするので見にいってみるとまた俺がいるんだからな。 「お! みくるじゃないかっ、さすがハルにゃん、さっそく見っけたんだねっ」 ハルヒの後ろから鶴屋さんもやってきた。そして俺を見つけると、 「あれ? キョンくん? おっかしいなぁ、いつの間に先回りしてたんだい?」 「あ、えーと……それはですね……」 そろそろタイムアップだ、これからは言い訳を考えながらしゃべらなばならん。 「なんかいつもと違うふんいきだねぇ? 本当にキョンくんかい?」 鶴屋さんは覗き込むようにして俺を見る。偽者じゃありません本物ですよ。と、ここで天啓が舞い降りた、……ふむ、なるほどその手があったか。ありがとう鶴屋さん。 俺は観念したように深呼吸し、ハルヒと鶴屋さんを一瞥すると、 「まあ、見つかっちまったんじゃしょうがない。今この時間には俺がもう一人いるってことになっている」 俺がそう言った瞬間、全員の表情が変わった。ハルヒは何言ってるの? って感じで眉をひそめ、朝比奈さんは驚愕の表情、鶴屋さんはへぇーって感じで興味深そうに目を見開いた。 「どういうことよ? あんたが二人いるって」 予想通り、ハルヒが乗ってきた。 「二人いるってのはつまり、どちらかが偽者でどちらかが本物ってことだ」 考えながら話すのは少々辛かったが、ようやく俺のほうも頭が回転してきたらしく乗ってきた、 「さて、ここにいる俺と下にいる俺とではどっちが本物で、どっちが偽者でしょう?」 ちょっと調子に乗って芝居がかったセリフを言い放つ、さてハルヒはどうでる? などと考えてる間もなくハルヒはつかつかと俺の前に歩み来て、 「い、痛てててっ!」 いきなり左の頬をつねり上げられた。なにしやがるっ! 「ふうん、どうやらその顔は作り物じゃなくて本物のようね、それに声や仕草もいつものキョンと同じだし」 ハルヒは顎に手をやり、頭のてっぺんからつま先までまじまじと俺の姿を眺めながら言う。俺はつねられてヒリヒリするほほを撫でながらハルヒを睨み返す、なんだか品定めされてる気分になって少々不愉快になった。 「おっと、それじゃあここにいるキョンくんが本物で下の部屋で居眠りしてるキョンくんは偽者ってことなのかいっ」 なぜかにやにやしながら鶴屋さんは言う。ほんと、楽しそうですね。 「うーん、どっちかてーとあたしはこのキョンくんの方があやしい気がするにょろ、でもどっからみてもキョンくんなんだけどねっ」 「まさか、ひょっとしてどっちも偽者ってんじゃないでしょうね」と、ハルヒ。 おいおい、さらに事態をややこしくするような事を言うなよ。どちらかといえばどっちも本物だ。 「さてね、偽者か本物か、そんなこと正直に言ったらせっかくのサプライズパーティが台無しになっちまうだろ、それよりハルヒ、さっきみたいな強引に偽者か本物かを調べるような行為は自重してくれ。探偵を気取るんなら推理で本物かどうか当てるもんだ」 まったく、俺が二人いる状況をなんとかハルヒに納得させることが出来ても、ハルヒがもう一人の俺に今のような行動を取ったら事態がややこしくなっちまうからな、なんとか釘を刺しておかないと。 「む、それもそうね。みくるちゃんが見つかってこれで解決じゃああまりにもあっけないもんね。それじゃあこれからは二人いるキョンのどっちが本物か見極める推理ゲームをはじめましょ、と言ってもよく考えたらここにいるキョンの方が本物っぽいけどね」 ハルヒは隣にいた鶴屋さんに同意を求めるように言う。 まあ、それはいいんだが、この事件のシナリオはまだ残ってるんだ、そういう事は全部終わってからにしてもらいたいんだがな。 「それくらい解ってるわよ、事件を未然に防いじゃったらミステリーとして破綻しちゃうじゃない、そんなのは推理じゃなくて予知よ、予知。探偵が予知能力なんて使ったらカンニングしてるようなものじゃない」 ハルヒは腰に手を当て、えらそうにレクチャーし始めた。お前の考えなんか今更どうでもいいよ。 あと、俺が二人いるってのはここだけの内緒にしてくれないか、でないと色々と不都合が出て、打ち合わせ通りに事が運ばないんだ、あとこれ以上誰かと鉢合わせするのも回避したいんだが……、といっても残っているのはもう一人の俺と妹だけどな。 「そういうことなら鶴にゃんにまかせときなっ! とりあえず三階に行かないようにすればいいってことにょろね」 そう言って鶴屋さんは胸をドンと叩いた。 なるほど、あの時、鶴屋さんのセリフに矛盾があったのはこういう訳だったのか。 「なんとかやってみるよっ、キョンく……」 そこで鶴屋さんは一時停止したように言葉を止め、 「あたしとしてはまだ本物か偽者か解らないから……んーと、そだっ、言わば少年Kってところだねっ」 一応どちらも本物なんですけど。てか、あの時言っていた少年Kってそういう意味だったんですね。 それじゃあ鶴屋さん、よろしくおねがいします。それと、また後で伺います。 そうして二人は下に降りていった。まるで台風一過のような感覚だ。 朝比奈さんと俺はやれやれって感じで顔を見合わせてほっと胸をなでおろした。 と、そこに急にハルヒが戻ってきて、 「あんた、ちょっと手だしなさい」 なんだいきなり。 「いいからさっさと出すの!」 なんだか解らんがとりあえず右手を差し出した。抵抗しても仕方ない上に理由もなく命令してくるのはいつものことだ。 するとハルヒはポシェットからすばやくサインペンを出すと俺の右手にバツマークを書いた。 なにするんだいきなり! て、おい! これ油性ペンじゃねえか。なかなか消えねえんだぞこれ。 ところで、おまえはいつも油性ペンを持ち歩いてるのか? まさかとは思うが、急にサインを求められる芸能人を気取ってんじゃないだろうな。 と、思ったが、ポシェットからペンを出す時、中に赤いものがちらりと見えた。あれはひょっとして腕章? て、ことは腕章に書き込むためのペンか。 「何言ってるの、見た目そっくりの二人なんだから印つけとかないと紛らわしいじゃないの、推理の途中で入れ替わられたりしたら判断しにくいでしょ」 たしかにそうだが……、それで、何でバツ印なんだ、これじゃ俺が偽者っぽいじゃねえか。さっき、俺の方が本物らしいとをいっていた気がしたが。 「丸でもバツでもどっちでもいいでしょ、ただの印なんだから、それに手のひらには丸よりバツのほうが早く書けるのよ」 そうかい。しかし別に早く書く必要もない気がするが、まあ、手早く行動するのはこいつの特徴だしな。 そうこうしている内に、下の階から扉の開く音が聞こえた。この時間の俺が鶴屋さんの部屋から出てきたようだ。 「あ、もう一人のキョンくんが出てきたみたいです」 階下を覗き込んでいた朝比奈さんがこちらに振り向いた。それを聞いたハルヒがどれどれって感じで階下を覗き込む。頼むからその『俺』に見つからないでくれよ、これ以上ややこしくなっちまったら収拾が付かなくなっちまうんでな。 「わき目も振らず一階にいっちゃいました」 ま、そうですとも朝比奈さん、あの時の俺はまったく周りを警戒せずに一階に向かったんだったな。 「やっぱりどう見てもそっくりね、全然見た目じゃ判断できないわ、まさか双子ってんじゃないでしょうね」と、ハルヒ。 恐ろしいことを言うなよ。 話題を変えることにする。「あー、そうだハルヒ」 「なによ」 俺はこの後、二階の俺の部屋潜む予定なんだ、だから推理が成り立ったらその前で披露してもらいたいんだ。そこでちゃんと事件の推理とどっちが偽者なのか判明してくれ。お前の推理が正解ならそこで事件は解決。大団円だ。 「何言ってんの、あたしの推理力なら正解するに決まってるでしょ、間違うなんてありえないわ」 まぁ今回はそのハルヒの推理どおりに事を運ぶつもりだからな、たしかに間違うなんてありえないってのは当たっているがな。だが、いつも思うがその自信は一体どこから湧き出してるんだろうか? とはいえ、自信なさげなハルヒなんてのも想像しにくいが。 そのハルヒも今は一階に向かって階段を降りている。絶対ニセ俺の証拠を見つけ出してやるって背中が語っているようなふんいきだ。まったく、わかりやすいヤツだな。くれぐれもお手柔らかにたのむぜ、本当はどっちも俺なんだからな、軽く脅かしてやるくらいにしといてくれよ。 ともかく、今のところどうにか辻褄合わせだけはうまくいっているようだ、まったく、ハルヒに見つかった時は一体どうなることかと思ったが、考えてみればどうやらこれも既定事項らしい。 俺は手の平に書かれているバツ印を見ながら、今頃一階でビクビクしながらハルヒを探しに行っている過去の俺のことを思い浮かべた。そういや、あのときのハルヒは変によそよそしい感じだったな。らしくないなと思ったが、あの時には既に偽者だと決め付けていたと考えればしっくりと来る。急に夜食作り始めたのも俺を観察するためだったんだろう。 後は鶴屋さんと妹、ラストのハルヒ消失のトリックだけだ。 とりあえず、朝比奈さんが来てくれたからこのトリックも時間移動で間違いないだろう。 妹はどうせ眠ったままだろうからいいとして、問題は鶴屋さんだ、やっぱ眠らせてから時間移動した方がいいのか? それとも事情を話してもいいのだろうか、俺としてはもうすべてさっぱり話しても良さそうなんだけどな。 しかし、ここにいる朝比奈さんはおそらく、鶴屋さんには正体を知られたくないようだ。そして鶴屋さんもどうやらそのことについて感付いているらしい、きっと事情を話し始めても途中で、 「事情なんて堅苦しいことどうでもいいっさ! 要するにあたしは○○しておけばいいんだねっ!」っと言ってくるに違いない。 そんなことを考えながら俺は朝比奈さんと共に鶴屋さんと妹のいる部屋に向かった。 俺たちの今の状況を知ってか知らずか、鶴屋さんは大きなあくびをすると、眠くなったから寝ると言い出した。 どうやら勘の鋭い鶴屋さんは詳しい事情を説明する前に悟ったようだ。後、朝比奈さんが口ごもりながらタドタドしく、 「あたしが急にいなくなって鶴屋さんに心配を掛けてしまったみたいで、あの、えーと、ごめんなさい。えーと、皆いなくなってるのもお芝居だからあの、安心して休んでてください」 と、困った表情で謝りながら言ったからだろう。鶴屋さんもそのしぐさを見て更にニヤニヤした笑みを浮かべてたしな。 で、その鶴屋さんが、そのニヤニヤ顔を俺の方にきゅいっと向けて、 「そこの少年Kくんも一緒に寝るかい? この部屋、セミダブルのベッドが二台もあっから四人で仲良く寝れるよっ!」 とんでもなく魅力的なお誘いだが、さすがにそれは辞退させてもらうことにする。というか明らかに鶴屋さんの冗談だしな。それに俺はまだやらなきゃいけないこともあるんでね。 てなわけで、ここは朝比奈さんに任せることにする。 まあ、予想通り鶴屋さんと妹も未来に時間移動する結果となった。眠っていた妹はそのまま、鶴屋さんは本当に眠っていたのか怪しかったが──ひょっとしたら狸寝入りだったのかも──寝ている隙に朝比奈さんが長門と古泉たちのいる時間につれていった。 しばらくして朝比奈さんが戻ってくると、俺は朝比奈さんを廊下の端の部屋に連れて行った。その部屋は最後に俺とハルヒが入って消えた場所である。 俺は朝比奈さんと最後の打ち合わせをする。内容は俺とハルヒがこの部屋に入ってきたらすぐさまハルヒを眠らせて三人で時間移動をしてもらうことだ。ここで手間取るとこの時間の俺に目撃されてしまうからな。 頼みますよ、朝比奈さん。ここでドジっ娘メイドはやらなくて良いですからね。ま、ハルヒが大声出して俺のことを呼ぶからそれが準備の合図になります。 「わかりました、なんとか涼宮さんに気付かれずに眠らせれるようにがんばります。ちょっと自信ないけど」 朝比奈さんも普段はちょっとドジな部分も有るけど未来からの指令は結構きっちりとこなしているように思う。これは俺の主観的な意見だが、朝比奈さんは集中力があり、どんなことにも一生懸命に取り組む姿勢があるからだろうと思う。 そう言うことできっと朝比奈さんはうまくやり遂げると思う、なので俺がこれから考えなきゃならないのは、その後のハルヒへのフォローだな、さて、どうするかな。ちゃんと考えておかないと、この後のことは完全に未知の領域だからな。 考えながら俺は待機場所である俺の部屋に入った。 とりあえずこの後に俺が話さなければならない会話を思い出しておかないといけないな。一字一句間違いないかどうかは解らんが、大体あってれば良いだろう。 あの時はそんなこと細かく覚えている暇もなかったし、違和感と不条理さで一杯だったからな。 そんなふうに頭の中でシミュレーションしている時だった。 ぐうぅ……。 部屋の隅の方からなにか音が聞こえてきた。ついでに何やら人の気配までする。 おいおい待ってくれよ、ここまで来て話をややこしくするような事態は勘弁してもらいたいんだがな。どこの誰かは知らないが自重してくれ、あと少しでこの事件は収束するところなんだからさ、たのむぜ、で、誰だ? 「やだ、わたしったら、こんな時に……」 その人物がベッドの影から現れた。 頬をちょっと赤らめ、お腹の辺りをさすりながら、 「もうちょっとミステリアスに登場したかったんだけどなぁ、ふふ、お久しぶり、キョンくん」 「朝比奈さん!?」しかも大の方だ。 でも俺としては数時間前に会ったばっかりで『お久しぶり』って感じではないんですけどね。 「あ、そっか、そうだったわね。わたしったら」 ちろっと舌を出し、自分の頭をコツンと叩く朝比奈さん。でもあなたにとって俺と久しぶりに会うんでしたらそれでいいんですよ。そうだとしたら、俺の方がお久しぶりとちゃんと挨拶しないといけない立場じゃないですか。 と、そこでまたもや、ぐうぅ……、っと朝比奈さんのお腹が鳴り出した。 どうしたんです? ダイエットですか? ダイエットなんてしなくても朝比奈さんなら充分ナイスバディですよ。それともひょっとして満足に食事も取れないほど極貧な生活でもしているんですか? なぁんてことを顔を真っ赤にして照れている朝比奈さん(大)に訊ける訳もなく。 「こんな時じゃなかったら一緒に食事でもどうですか? と、言いたいところなんですが……」 今の俺自身、身動きが取れない隠密行動中であり、ふらふらとあちこち出歩くことが出来ない身分なのだ。それは朝比奈さん(大)の方にも言える事であり、お互いに異時間同位体がいるこの時間では隠密に行動するのがセオリーだろう。 「そうね、キョンくんの言う通り、いくら忙しかったからって食事くらいはきちんと取っておいた方がよかったわね、今みたいに隠れてる時にお腹がなったりしたら大変なことになっちゃったかもしれない」 照れ隠しなのか少し早口でしゃべる朝比奈さん、そういや最初の時間遡行の前に食事したっけな。 「そっか、それで無理やり俺に食事をさせたのか……」 空腹じゃいくら気配を殺してもさっきの朝比奈さん(大)のようにお腹の音で誰かに気付かれてしまう可能性があるってわけか。 それもあるが、あの時朝比奈さん(大)はお腹が空いてたってことだったのか。それで普段よりよく食べてたってわけか。なるほどね。 「えーと、今の俺は無理ですが、このあとこの時間の俺となら食事できますよ、朝比奈さん。なんせ俺たち以外誰もいなくなりますからね、気兼ねなしにいけますよ」 ちょっとした提案だったのだが、よく考えてみると朝比奈さん(大)にとっては、俺がここでこう言うって事もすべて既定事項なんだろうか? まぁそんなこと考えたってしかたない、この後この朝比奈さんと食事したから酔い止め薬も飲めたし、大惨事にならなかったんだからな。 「え、キョンくんと二人きりで食事……。うん、そうね、それもいいかもね」 朝比奈さん(大)は、その大人びた姿になっていてもやはり朝比奈さんだ、しぐさにかわいらしさが残っている。それによほど空腹なんだったんだろう、食事と聞いて嬉しそうにしている。 俺だって空腹の時は食べ物のことを考えただけで楽しい気分になるさ、レストランに行ってメニューを見てるときなんて最高だね。 この後少しばかり話をしたが、たわいのない話しか出来なかった、なんせちょっとでも未来の情報に関わることだと禁則事項となってしまうからな。 だが、その中でこの事件について少し訊くことが出来た。 どうやらコレは未来人が主催のサプライズパーティーって事らしい、まぁ、詳しくは話せないらしいが要約するとそういうことなんだそうだ。 それで、なんでこんなことをしようとしたのか? そういうことは古泉たち機関の方々の役目じゃなかったのかと訊いたら、 「あなた達と行動を共にしている過去のわたしは、もう高校三年生、夏休みが終わったら進学、就職、卒業等の準備とかで色々と忙しくなるじゃない、今しか時間に余裕がなかったの。だからもう一度あのバレンタイン間際の時みたいに二人だけで行動するような楽しい思い出が欲しかったのよ」 そりゃ朝比奈さんと秘密を共有して二人だけで行動するってのは、どちらかと言われれば楽しいって方向になるだろう。 でもあの騒動は俺にとっちゃ終始ハラハラの連続で、目の前で誘拐された朝比奈さんを追ってカーチェイスしたり、つじつまあわせに翻弄したり、長門に謝ったり、とあんまりいい思い出じゃないんですが、まあ最後にチョコをもらえたのが救いでした。よく考えたらそれで充分過ぎるほどいい思い出なのかもしれないが。 つまり、とても大変で、その時にはとんでもなく迷惑だった事柄でも、その方が深く記憶に残り、いずれ良い思い出になる、ってことなのか? うーん、そんなことをいわれても俺にはまだピンとこないがな。 記憶と思い出の違いなんてさっぱりわからん。どっちも同じに思えてしまう、良い記憶が思い出で悪い記憶が後悔か? そうこうしている内に、廊下からハルヒの話し声が聞こえてきた。 「さてと、そろそろ呼び出しかな、それじゃ、行ってきますね、朝比奈さん」 笑顔で手を振り見送っている朝比奈さん(大)。 俺もつられて手を振り返した、右手だ。その手の平にバツ印が書かれているのを忘れていた俺は、それを朝比奈さん(大)に見られてクスリと笑われた。 「キョーンっ! 団長命令よっ、今すぐ出てきなさいっ!!」 和やかな雰囲気を打ち壊す様にハルヒの声が響きわたった。 まったく、なんてでかい声なんだ。そんな大声をだすな、ちゃんと聞こえてるよ。 俺はガチャリと扉を開けて廊下に出た。 勝ち誇ったような表情でこっちを向いたハルヒは俺を見てニヤリと口元をゆがませる。 「何者だお前」 目を見開いて俺をみているこの時間の“俺”がつぶやくように呻いた。 そうだった、普段聞き慣れているようで聞き慣れない声なんだったな。やっぱ違和感がする。 俺は「ようっ」て感じに右手を上げて挨拶をした。もちろんハルヒに手の平が見えるようにだ。ハルヒはそれを確認すると勝ち誇った感じでもう一人の“俺”の方に向き、 「何しらばっくれてるの、こっちが本物のキョンでしょ、どう? 観念した、偽キョンさん」 よう、本物はどうやら俺の方だ、まあ、後のことはまかせろ、うまくやるからさ。だからお前もなんとかうまくやれよ、ちょいっと苦労するが、終わっちまえばいつものことだと思うはずさ。 「と、言うわけでハルヒ、サプライズパーティはこれで終了だ、みんながあっちで待ってる、いくぞ」 「ちょっと何勝手に仕切ってるのよ、それよりあたしの見事な推理、ちゃんと聞いてた?」 ほんとのところ朝比奈さん(大)と会話していて聞いちゃいなかったんだが、ハルヒの推理の内容はすでに既知していたので、 「ちゃんと聞いてたさ」っと、返事をしておく。そう、お前の推理が正解ってことにして、このまま大団円に向かうところさ。 ハルヒはもう一人の俺について、 「見た目はほんとにそっくりね、その手の印がなきゃ、どっちがどっちか解らなくなるところだったわ」 等と言っていたが、どっちも本物の俺なんだから当たり前だろ、と、本当のことを言えるはずもなく、俺は適当に返事をしておくことにする。 「俺はどこにでもいるようなごく普通の人間だからな、そっくりに化けることくらい、ちょいと練習すれば誰にでも出来るんじゃないのか? まあ、古泉達がどっかから見つけてきたんだろ。素質のあるヤツをさ」 「うーん、そっか、だったら有希やみくるちゃん、あたしのそっくりさんも古泉くんに探してきてもらおうかしら」 二ヒヒ、っといやらしい笑い顔をして顔面の筋肉を弛緩させるハルヒ。 「あたしが二人に増えたりしたらみんなどんな顔するんだろ?」 おいおい、お前が急に二人に増えてたら朝比奈さんなら間違いなく卒倒するはずだし、あの長門ですら何かしらのリアクションを起こしそうだ。 ていうか、俺が二人いて自分が驚かされたから、他の誰かも同じ手口で驚かせたいって発想だろ、それは。はっきり言ってそんなのは小学生並みの単純な思考じゃないのかね、ハルヒくん。それにお前は唯一無二の存在だろ。天上天下唯我独尊、それがSOS団団長、涼宮ハルヒだろ。 なぁんてことを考えていたが、俺は口に出して言わなかった。今は余計なことを言わない方が良いと判断したからだ。今は適当にハルヒに合わせておき、好きなように妄想させておけば朝比奈さんが行動しやすいんじゃないかと考えたのさ。 そして朝比奈さんの待ち構えている部屋に入り、俺はこの時間でしなければならない最期の仕上げをする。部屋に入る直前に、古泉並のエセスマイルをもう一人の“俺”に見せなければならないのだ。自分ではどんな表情なのか鏡がないので確認できないが、まぁそれなりに悪びれた感じは出てるんじゃないかと思う。 それが証拠にそのスマイルを見たもう一人の“俺”がハッと何かに気付いたように表情を変化させたからだ。 さて、こっから超特急でやらなければならないことのオンパレードだ、と、言っても俺が出来ることは殆どないんだけどな、頼みましたよ朝比奈さん。て、俺は祈るだけかよ。 「あれ……」 ハルヒが力なく崩れ落ちるように倒れ始めた。俺は何とかそれを受け止める。 朝比奈さんがうまくハルヒの背後を取って眠らせるのに成功したのだ。小さくVサインをしている。 「後は時間移動です、おねがいします」 「はい、では目を閉じてください、行きますよ」 朝比奈さんのセリフとドアの向こうからハルヒの名前を叫ぶ声が殆ど同時だった。 エピローグ まあ、これで事件は一応の終わりを迎えたってわけなのだが、残った問題はハルヒへのフォローだけだ。ハルヒが気を失って眠ってしまったのは、事件の解決と同時に緊張がとけて、自分でも自覚していなかった疲労と、空腹感、睡眠不足などが一気に押し寄せたため、と言うもっともらしい古泉の説明でなんとか納得したようだ。俺もそれに同意しておく。 どうやらハルヒは理屈で説明すると納得するらしい。後、古泉が言うとそれらしく聞こえるそうだ、それもひょっとしたらあいつの超能力の一種なのかもしれないな。 ちなみに、俺の偽者は急用があると言うことで朝一番で帰ってしまったと言うことになっている。そのことについても、古泉は苦しい言い訳をハルヒにしていたけどな。 俺そっくりの人物を探してきたのはいいが、スケジュールの調整がうまく出来ず、本来ならこのサプライズパーティーは、合宿の最終日にする予定だったのだが、どうしてもはずせない用事があって、急遽前倒しになってしまった、ということだそうだ。 その後、説明好きの古泉には色々補足があったらしく、ハルヒが席を外している時に俺に語りかけてきた。 「なかなかいい経験をさせてもらいましたよ、ですが僕としてはもう少し長い期間の時間移動も経験してみたいですね、特に、未来に飛ぶのではなく過去の方に行ってみたいというのが本音です」 言っておくが過去に行ってもろくな事がないぞ、遠足みたいに自由行動なんてできないからな、それに、結局まともに帰ってこれるのかどうかもあやしいんだ。長門に時間凍結されたり朝倉にナイフで刺されたりしたからな。 「そうですね、時間移動をするということはその時間で成すべき事があるからそこに向かうわけですから、理由もなく時間移動は出きないんですよね」 古泉は何か言いたげな表情を含んだ笑みを浮かべて俺の方を見る。 なんだ? 何か言いたげだな、すでに俺は精神的にも肉体的にも疲労していて、どちらかといえばお前の長話に付き合いたくはないんだがな。早くのんびりとしたサマーヴァケーションを味わいたいんだ。 そんな俺のことなどお構いなしに古泉は語りだした。 「今回のこの事件、今までの時間移動と少し趣向が違うような気がしてならないんです。はっきりいいますと、未来人らしくないといえます。このようなサプライズはどちらかといえば我々の分野です。実際、今回のシナリオ通りのことなら機関ででも再現可能です」 まったく聞く気はなかったし、この事件について少しばかり朝比奈さん(大)から訊いていたので聞き流すつもりだったのだが、どうやら古泉は未来から現在に介入があるときは何かしら理由がある、と言いたいらしい。 だが、そんなこと俺が考えることじゃないし、考えたから答えが出るわけでもない。俺にとっては朝比奈さん(大)が言っていた、高校最後の夏休みだからみんなで過ごす楽しい思い出を作りたかった。って理由で十分なのさ。 それ以外になにかあるのか? 無いならそれでいいじゃないか。 「未来人の、いえ、別の出で立ちをした朝比奈さんの考えならそれで正しいのかもしれません、ですが我々はもっと別の見解があるのですよ」 ほう、一応聞いとくか。だいたい予想はつくが。 「すべて涼宮さんがそう望んだから、そうなったという見解です」 やはりそうきたか。 「あの時、あなたが眠くなった妹さんと朝比奈さんと共に二階に行った時、まだまだ遊び足りなさそうな涼宮さんは、もう少しあなたと、いえ、みんなと遊びたいと願ったのではないでしょうか。その願いが未来人を介入させてこの事件を引き起こしたのかもしれません。まあ、これはただの推測に過ぎませんが、涼宮さんが考えそうなことだと思いませんか?」 結局古泉の考えを聞いたから何かが変わるわけでもなく、無駄な時間をすごした結果になっちまった。 だが、俺にとってそんなことよりも一つ懸案事項が増えてしまったのが気になるところだ。 それは、席をはずしていたハルヒが戻ってきて、俺に話しかけてきた時に沸きあがった。 「ねえ、キョン、あたしが作った夜食のパスタどこに行ったか知らない? あぁ、あんたはその場にいなかったんだっけ、その時にいたのは偽キョンだったわね。まあ、どっちでもいいわ、さっきそれのことを思い出して鶴屋さんの部屋に取りに行ったら、誰かが全部食べちゃってたのよ、鶴屋さんも知らないって言うし、みくるちゃんと有希にも聞いたけど食べてないって言ってるのよ。あの時考え事しながらだったから結構な量を作ったのよね、ちょっと一人では食べきれない量のはずなんだけど」 ハルヒは隣にいた古泉の方にも問いただす。 実は俺には心当たりがある、ていうか、食ったのは俺と朝比奈さん(大)だ、最初の時間遡行直前に食べたんだっけ。おかげで酔い止め薬を飲む余裕が出来て大助かりだったんだが、二人でも平らげることはできない量だったのだ。朝比奈さん(大)も普通の量しか食べてなかったし、俺もその時はそれほど食欲も無かった状態だったからな。 なので半分以上残していたはずなのだが、それがすべてなくなっていたって事はどういうことなんだ? 誰かが残りを食べたというならこの中にいるはずだ。しかし、ハルヒがみんなに訊いて回ったところ誰も食べていないそうだ。 まさか、俺たち以外に誰かいるってんじゃないだろうな。お前が真の黒幕で、このややこしい事件を作り出した張本人だったとしても、そんなことはどうだっていい、少しくらいなら遊びに付き合ってやるからさ、だからハルヒ、へんな考えを起こすなよ。 特に、俺たち以外に誰かがこの別荘にいる、なんてことをな。 「あ、すまんハルヒ、それなんだが実は俺の偽者のやつが食べてたぞ、て言うか俺も少しばかり食べちまったんだが……」 誰かが犯人として名乗り出ればハルヒが変な考えを起こさないだろうと思ってとっさに手を上げてしまった。 ハルヒが作った料理を無断で食べちまったからな、何か文句ぐらいは言ってくるだろうと思っていたが、意外とハルヒはおとなしく、 「ま、食べちゃったんならいいわ、偽者の方はともかく、あんたはあのパスタのことあたしが作った夜食だって知らなかったんでしょ? それに、あの後あたし朝まで寝てたから、せっかく作ったパスタが冷めて固まって食べられなくなるし、もったいないお化けが出てくるかもしれないもんね」 そんなお化けが出てくるのも困り者だが。 そのせいで俺の中に妙な考えが浮かんでしまったんだ。ハルヒがあのパスタを食べたのが俺だと思い込めばそれが現実になるのではないか? という考えだ。そうなれば、ひょっとしたら俺はハルヒの作ったパスタの残りを食べに、またもやあの時間に行くことになるのかもしれない。 それに、ありえないとは思うが、パスタの姿をしたみょうちくりんな生物を生み出されても困るからな。 ────で、もしまたあの時間に行くことになったら今度はちゃんと味わって食べようと思う。 なんせ、ハルヒが作った料理は美味いからな。 おわり 目次に戻る 挿絵
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みんな消えてしまった、ハルヒさえも────。 犯人は俺そっくりのヤツだった、そのせいでみんな騙されて隙を見せちまった……。 「うふ、キョンくん、そろそろ種明かしに行く時間ですよ」 懐かしく思えるその声を聞いて、気が抜けていた俺は思わず振り返った。 そこにいたのは───。 「あ、朝比奈さん!?」 そこにいたのは朝比奈さんだった、しかも(大)のほうだ。て、ことは……。 「えーと、お久しぶり、でいいのよね」 周りに花が咲きそうなくらい、色気たっぷりの微笑みで、しゃがみこんだ俺を覗き込む朝比奈さん(大)。えーと、得盛のそれが更に強調されてとんでもなく目のやり場にこまるんですが。それはともかく。 俺はそそくさと立ち上がり、 「あ、えーと、お久しぶりです、……いやいや、そーじゃなくて」 思わずつられて挨拶しちまった、俺は頭を左右に振って、 「それどころじゃないんですよ、みんな消えちまって、ハルヒも長門も古泉も……」 朝比奈さんも、と言いかけたところで気付く、目の前にいるのは本人なんだった。 しかしなんだろう、この何かがつっかえたもどかしい感じは。訊きたいことがあるはずなのにうまく言葉にならない。ここに朝比奈さん(大)が現れるって事は、消えてしまったと思われる朝比奈さんは無事って事でいいんだよな、いやいや、違うだろ、そんな当たり前の事訊いてもしかたないんだ。 「あの、ひょっとして、朝比奈さん? この事件の真相をご存知なんですか?」 おいおい、何を言ってんだ俺は、よりによってこんな質問しか出来んとはな、情けない。良く考えろ、相手は未来人なんだぞ、そりゃ知ってるに決まってるだろ、だからこそ、ここに、この時間に現れてるんじゃないのか、それくらい推理しろよ俺。 「そりゃまあ、知ってますけど、でもわたしが真相を語ることは出来ないの、わたしが出来るのは案内だけ、だからキョンくん自身で確かめてきてね」 見るものすべて虜にしそうなウインクをする朝比奈さん(大)。────え? 俺自身で確かめる? その後、朝比奈さん(大)は何かを思い出し、右手の人差し指を立てて、 「あ、でもキョンくん、その前に……」 「な、なんですか?」 またなにか重要だが良くわからないお使いでも頼まれるのだろうかと思い、俺は少し身構えた。 「お腹空いてない?」 「はい?」 なんだか肩透かしを食らった感じだ、もともと天然ボケ気味、あ、いや、うっかり屋さんだった気もしなくはないが、それはこの時代の──っていうのはおかしいか──俺の良く知る朝比奈さんの方だ。 それで、ゴージャスな方の朝比奈さんは食欲旺盛キャラなのか? どっちかといえば少食だったと思うのだが。 ハルヒも長門も鶴屋さんもそうだが俺の周りの女性陣はどうやら胃腸の調子が良い人ばかりな気がするな。そして朝比奈さんも(大)になればその仲間入りなのか? まあ、そのナイスバディに成長すると考えると納得してしまいそうだが。 まあ、それはともかく、いろいろ腑に落ちない点が多すぎるこの事件、なにやら予感めいたものが俺の中で沸きあがり、今回は事前準備をすることが出来そうだった。 新・孤島症候群─解明編─ ぐるぐると回転している感覚が俺を襲い、事前準備をしていなかったら、もれなくさっき食べたものを戻していたかも知れない。今回は長時間船に乗るってことで酔い止めを持ってきていたのだ。と、言うより旅行かばんに入れっぱなしなだけなのだが、おかげで助かった。 で、俺としては、あまり食欲はなかったのだが、『食べなきゃだめ』っと、朝比奈さん(大)に軽く諭されてしまったために無理やり胃に詰め込んだ、ひょっとしてこれも既定事項ってやつなのかもしれない。 「それじゃ、過去のわたしをよろしくね」 そう言って朝比奈さん(大)の気配が遠ざかっていく。 ぐるぐる感覚が落ち着いたので、ゆっくりと目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。どこだ、ここは。いや、何時だ? と言った方がいいかもしれない。過去に来ているのは解るんだが。 とりあえず電気をつけようかと思った矢先、誰かの話し声がドアの向こうから近づいてきた。思わず俺は息を潜める。 ガチャリ、と扉の鍵が開いた。まずい、誰かが入ってくる、ここで誰かと鉢合わせしてもいいものかどうかまだ判断できないぞ、今はどこかに隠れてやり過ごすしかない。 ドアが開き、誰かが入ってくる、俺はベッドの陰に隠れてその様子をうかがっていた。 パチっと明かりが点いたと同時に、 「あ、すいません朝比奈さん、どうやら妹の荷物、俺の部屋に置いたままだったんで取りにいってきます、ちょっと待っててください」 「じゃ、わたしはみくるちゃんと一緒に待ってる~」 「何いってんだ、寝る前にはちゃんとトイレと歯磨きしなきゃだめだろ、ほら、いくぞ」 「はぁ~い」 と、妹の声がした。 そのあと、フフッと軽く笑う声がして、 「じゃ、また後でね」 これは朝比奈さんの声だ。 ドアが閉まり、静かになって、俺は理解した、そうだ、この後朝比奈さんが消えるんだったよな。さて、ここでいきなり俺が現れても大丈夫だろうか、やっぱうろたえるんだろうな、この朝比奈さんは。 しかしここでずっと隠れているわけにもいかない、10分もしないうちにこの時間の俺と妹がやってくるんだからな。 「だ、だだ誰かいるんですか?」 ベッドの陰から立ち上がろうとした俺の気配を感じ取って朝比奈さんがうろたえながら叫んだ。 俺は、出来る限り朝比奈さんを驚かせないように、やんわりと言う。 「すいません、俺です朝比奈さん、驚かすつもりはなかったんですが……」 良く考えると、なんだか朝比奈さんの部屋に入り込んだストーカーみたいな言い訳じゃないか。 「いえいえ決して不法侵入とかじゃなくてですね」 「え? あれ、キョンくん? でもだってさっき廊下で……」 丸い瞳をさらに丸くして俺と廊下の方を交互に指差す。 「それはこの時間の俺です、今の俺はちょっと未来から来ました、長門ふうに言えば異時間同位体ですかね」 とりあえず色々と事情を説明したいのだが、いかんせん、時間があまりない、朝比奈さんは、何で? どうやって? キョンくん一人だけ? などと疑問符を頭に浮かべていたが、少しして、 「あ、そっかぁ……」 と呟くと何やら一人で納得しはじめた。 どうやら俺以上に順応性が高い人であるようだ。この状況に納得してくれたのなら話は早い、この時間の俺と妹が戻ってくるまでにこの場所から移動しなきゃならんからな、でないとつじつまが合わなくなって過去の俺と鉢合わせしてしまうことになる。 一番いいのは時間移動だが、はたして今の朝比奈さんに言ってそれが可能なのかどうかも解らん、可能だとしても何時に行けばいいのかも俺は見当もつかない。 考える時間も、相談する時間もあまりない、どこかに隠れるか? たしかあのときの俺は部屋の中を見回しただけで探したりしなかった、クローゼットの中にでも隠れればやり過ごせそうだ。 などと思案していると、 「キョンくん、これからあたしと時間移動してもらえますか?」 めったにないほどって言っては失礼だが、とんでもなく理想的な申し出だ。と、思っていたが、後で訊くとどうやらすでに未来から指令が来ていたらしい。とはいえ今の俺の返事はイエスしかない。 いや、どの俺でも朝比奈さんの申し出を断るなんて事はしないけどな。 「それでどの時間に移動するのですか?」 一応訊いてみた。 「大体一時間後くらいです、理由はよく解からないんですけど、ひょっとして未来からきたキョンくんなら解るのかな……」 そこまで言った後、ハッとして。 「あ、あたしも未来からきてるんだけど、全然解ってないですね」 少し落ち込んだ寂しげな笑顔で語る朝比奈さん、俺は何か元気付けることでも言おうかと思案していると、コンコンと扉からノックする音が聞こえた。 まずい、もう来やがったか、間の悪い俺め。俺は朝比奈さんに小声で、 「とりあえず時間移動しましょう、この時間の俺に合うわけにはいきませんから」 「わかりました、では、目を閉じてて下さい」 本日二回目の時間遡行、つくづく酔い止め薬を開発してくれた方に感謝する、うん、いい薬です。はっきりいってこの感覚は慣れることはないからな、酔い止めは常備しておくべきだ。 無重力感覚が落ち着き、足が地に着く。 酔い止めを飲んでいたため、気分は悪くならなかったのだが、時間遡行が終わったあと、俺は足をもつれさせて倒れてしまった。しかもそばにいた朝比奈さんを押し倒すような感じで。 決してわざとじゃないからな、そこんところ念を押しておくぞ。 酔い止め薬は三半規管の機能を鈍くさせる働きがあり、その効果で酔うことは防げるが、副作用として平衡感覚にも影響があるのだ。 で、幸か不幸か床に倒れたのではなく、ベッドがある方向に倒れたので朝比奈さんに怪我をさせずにすんでよかったのだが、こんな姿を誰かに見られたらとんでもなく誤解されそうだぞ。 「キョ、キョンくん、あ、あの……、いろいろと、まずいです」 朝比奈さんの真っ赤になった顔が目の前にある。はい、まずいですね、すぐにどきますから……。 その時、ふと右方向に誰かの気配を感じた、思わずびくっとしてその方に向く。 「…………」 沈黙の戦艦がそこにいた。 「長門!」 「な、長門さん!?」 思わず二人とも声が出た。 無表情だがいつもと違う部分があった、少し目を見開いている様な気がする、やっぱいきなり部屋に人が現れたらコイツでも驚くんだな。などと長門を観察してる場合じゃない。 俺はすばやく起き上がり、続いて朝比奈さんもそそくさと起き上がった。 「いきなり現れてすまなかった、驚かすつもりはなかったんだ、あー、ええとだな、訳あって俺は未来から来た、で、こっちの朝比奈さんは少し過去から来たんだ、いや、未来人なんだけど、無駄にややこしいな、異時間同位体って言えばいいのか? それも違うか、この時間に朝比奈さんはここにしかいないからな」 長門の冷ややかな目線に内心あせりながらなんとか事情をつたえようと試みる。だが、何を言ってるか俺にも解らん。これで理解できたらすごいことだ。 よくよく考えたらいくらなんでも女の子の部屋にいきなり現れるのは色々と非常識だよな、さっきは朝比奈さんの部屋だったし、次は長門の部屋かよ、節操ないな俺。どちらも行き先は朝比奈さんが決めてるんだが。 「…………」 またもや長門の沈黙、しかしその沈黙を破る声が廊下から響いてきた。 なにやら言い争いをしている声だ。長門はゆっくりと廊下の方に向く。つられて俺もそっちを見る。 言い争いの声の主はどうやらハルヒとこの時間の俺らしい、そういやハルヒに胸ぐらを締め上げられてたな。 「あ、あの、なんだか二人が言い争っているみたいなんですけど……、ほっといていいんですか?」 ほっとくも何も、朝比奈さん、俺たちが出て行く訳にもいかないでしょ、それにあの時は長門も出てこなかったし、助けに来たのは古泉で……。そこまで考えてふと気付く。 「そうだった、なんとかしなきゃな」 俺は長門に向き直り、 「長門、いきなりで悪いんだが、古泉と連絡出来ないか、どうやらそこで騒いでるヤツを治めるのは古泉の役目らしい」 俺は廊下の方を指差しながら、もう片方の手で長門を拝んだ。 あの時の俺は確かに長門に感謝したんだ、お礼を言うには俺的には遅くて時間的には早くなったがな。 「メッセージを送るくらいなら、出来なくはない」 さすが長門、圏外でも通信可能なんだな。 程なくして古泉が来てその場をたしなめ、その後、ハルヒがこの時間の俺を連れ去り、その姿を見送ったであろう古泉も立ち去った。これから食堂で機関の連中と相談をはじめるんだろう。 さて俺たちはどうするか。少し時間に余裕が出来た、それに色々相談できそうな長門もいる。 で、結果から言おう、相談も何もあったもんじゃない、朝比奈さんは、『お役に立てなくてすいません、よく解からないんです』と言い、長門は長門で『あなたの判断と行動に任せる』と俺にすべてのゲタを預けやがった。 とりあえず今後の展開は俺が体験してきた事柄をそのままなぞるようにつじつまを合わせて行動することに決まった。と言うか俺が勝手に決めた訳だが。 はっきり言うと、よく解りませんって言ってる朝比奈さん、実はあなたが黒幕なんですよ。 ────まぁ、ここまで来れば誰だって推理できるだろ、今回の事件、つまり実行犯は俺ってことらしい。これから俺は偽者の俺を演じなければならない、この後に起きた『そして誰もいなくなった』の模倣事件の犯人として。 そういう訳で、この後、俺と古泉が長門の部屋に来たのと、長門がいなくなったと思って探している過去の俺と古泉を、長門の得意技、不可視遮音フィールドってヤツでやりすごした。なんと便利な得意技。 さて次は、この部屋に入って来る俺を気絶させなきゃならんのだが、その前に一つ確認しておかないと。 俺は何も知らないひよこのようにぼんやりと椅子に座っている朝比奈さんの方に向き、 「朝比奈さん、少し訊きたい事があるんですが、誰かを瞬時に眠らせたり、気絶させたりできますよね?」 多分できるはずである、大人バージョンの朝比奈さんは何度もこの朝比奈さんを眠らせてたし、それに初めて時間移動したとき、俺も眠らされたことも思い出した。 そして、今回気絶させられた時とその時とよく似ていた事に思い立ったのだ。だとしたらこの役は朝比奈さんしかいないってことになる。 「え? なんで知ってるんですか? そのことは誰にも……」 朝比奈さんは目をパチクリさせた後、何かに気付いたようにハッとして、 「い、いつもそう、キョンくんは何時の間にかあたしの知らない何かを知っているみたいだし、急に禁則が外れたりもするし、これじゃあたしなんかよりキョンくんの方がよっぽどしっかりしてて未来人っぽいです」 現に今は俺も未来人なんですが、それはまあ置いといて。 ちょっとすねた感じの朝比奈さんも何か胸にぐっときて良い感じです、はい。 「じゃあ朝比奈さん、この時間の俺が部屋に入ってきたら眠らせてください、ガツンと一発で」 「わかりました、じゃ、遠慮なくいきますね」 あーあ、機嫌を損ねてしまった朝比奈さん、それはそれでかわいいのだが、すまんな、過去の俺、朝比奈さんのストレス解消役になってくれ。それに俺なら朝比奈さんに何をされても許すはずだ。そうだろ。 ガチャリと扉が勢い良く開き、俺が入ってきた。 軽く部屋を見渡し、一目散にベッドの脇にある机に向かう、そこにある本に手を伸ばしたとき、長門が軽くうなずき、例のフィールドが解除された。 そそくさと朝比奈さんがこの時間の俺の背後に忍び寄り、首筋あたりに手を伸ばしたかと思うと、グラリと力なく倒れこむ俺。 「あ、だめ、こっちに」 朝比奈さんが倒れこみ始めた俺の腕をつかみ、ベッドのほうに促がした。朝比奈さんがそうしなければその『俺』は床のほうに倒れこみ、受身も取れぬまま頭を打ち付けてしまうかもしれなかったからだ。 そのかわりさっきと逆で俺が朝比奈さんにベッドへ押し倒された状態になってしまった。 おい、そこの俺、今すぐ入れ替われ。というか、あの後、そんなことになってたのか、ちくしょう。覚えてないのが悔やまれる。 「あややや、こ、これは事故です、事故なんですよ長門さん!こうしないとキョンくんが怪我してしまうからでして、あの、その」 解ってますよ、朝比奈さん、おかげさまでこのあと起きた時にどこも怪我などしてませんでしたからね。まあ、そこにいる俺のことをちょっとうらやましく思うが、それよりなんで長門に言い訳をしてるんだろうか。 理由は良くわからんが長門のことが苦手だと言ってたからか? いつも何か遠慮がちな気はしていたが……。 そのような疑問が頭に浮かんだが、すぐさま廊下から声がして、意識はそっちに向いた。 「おやおや、皆さんおそろいで、何やらお取り込みの最中ですね、出直したほうがよかったのでしょうか。それにしても、また僕は蚊帳の外なんですか? 出来れば色々と事情をお話してくだされば良いんですが」 廊下で少し真面目な微笑を顔に貼り付けたハンサム野郎が立っていた。 すまん古泉、お前の存在をすっかり忘れていた。 とりあえず古泉にこれまでの経緯と事情を話すことにする。 一通り説明すると古泉は、普段の倍くらいのスマイルを顔面に貼り付けて笑い始めた。何がそんなに可笑しいんだ? それに気色悪い笑い方をするな。 「いえ、すいません。この状況、僕が最初にあなたに言ったとおりなのでしたので、つい」 なんか言ってたっけ? ……ああ、そっかそういやそんな風なこと言ってたな。思い出した。 さてと、この後のことなんだが……、いかんせん、俺は気絶していて良くわからんのだ、だから目が覚めたときの結果から判断するしかない。 俺がハルヒに起こされた時は廊下だった。てな訳で、俺と古泉で気を失った俺を廊下に運び出した、しかし、自分自身を持ち運ぶなんてどんな現場だよ、理解に苦しむね、ほんとに。 俺も良く理性を保ててるもんだ。まったく同じ人間が二人もいるこの状況、そしてそれを運んでいる今の俺の姿。はたから見てどう思う? 古泉。結構シュールな光景じゃあないか。はっはっは。 「あんまり笑える状況ではありませんが、あなたが二人いるこの現場を涼宮さんに見られでもしたら、どのようなことになるのか想像もしたくありませんね、もし、その時に生き別れの双子だとか言ったらそれが現実になる恐れがあります、一番怖いのが敵対勢力がそうしてあなたを増やし、手ごまに使うことですが、ま、それは今考えることではないですね」 何やら怖いことをさらりと言いやがったぞこいつ。 身に覚えがある朝比奈さんはその言葉を聞いて表情がなくなってるじゃないか、隣にいる長門が無表情なのは普段どうりだが。 で、その長門だが、先ほどこの時間の俺が気を失った時、床に落とした文庫本を大切そうに持っている。 「ああ、すまんな長門、大切な本を粗末に扱っちまって」 「べつに、いい」 そう言った所でふと気付く。 「ところで長門、その栞には何かメッセージ的なものを書いてあったりってことはないか?」 「……ない、ただのしおり」 長門は少し気まずそうに返事する。 ま、そうだよな。そして俺は廊下で寝てる方の俺を哀れんだ目で見て一言つぶやいた、……道化師だな、俺って。 次にすることは古泉含め、機関の人たちの姿を消すんだが、さてどうしたもんかね。とりあえず相談することにしましょう、と古泉が提案して、みんなで食堂に向かう。 新川さんや森さんたちに事情を説明すると、今後の予定をちゃんと考えて行動をしたほうがいい、と、言われ、このあと何があってどうなったのか詳しく訊かれた。なんだか犯罪者が警察で調書を取られてる様な気分だ。言っておくが、そんなことは今までの人生で経験したことはないぞ、よくドラマとかで見る光景なだけだ。 そういや多丸さんたちはパトカーに乗って警官の制服を着ていたこともあったな。 だが、そのおかげで色々行動しやすくなった。不明な部分も多いが、ハルヒやこの時間の俺に見つからない様に既定事項をこなさなきゃならなかったことを考えると、行き当たりばったりじゃどこかでボロがでたかもしれなかったからな。 それにいくら便利とは言え、長門にはできる限り負担を与えたくないしな、俺にとっちゃ長門は好きな本を静かに読んでいる姿が一番望ましいんだ。 だから俺は、ここにいる人数8人分、例のサイレント透明人間になるやつを長門に頼むのはできるだけしたくなかったのだ、それを使わずに消える方法は、実際にどこか見つからないところに隠れないといけなくなるのだが、なにか他にいい方法はないかと考えていると、一つの考えが浮かんだ。 喜べ古泉、お前の念願がかなうかも知れんぞ。と、思っただけで、俺はそんなことは口に出さず、代わりに朝比奈さんの方に向き、 「ここにいる全員を未来に飛ばすことは出来ますかね、まあ、未来と言っても数時間だけなんですが……」 話を急に振ったせいか、朝比奈さんは俺の言ったことをすぐに理解できず、 「え? はい?」 と言って、瞬き数回、そして全員から注目を集めていることに気づき、あたふたとし始めた。 「な、何いってるんですか、そ、そんなこと急に言われても出来る訳ないじゃないですか、以前にも言ったように、時間移動は厳しい審査とたくさんの人の許可がいるんですよ、いくらなんでも……」 はじめは勢いのよかった朝比奈さんだったが、後半尻すぼみ気味になって何やら考え込んだ、 「ちょ、ちょっと待っててください、確認してみます」 朝比奈さんは部屋の隅の柱の陰にとてとてと進むとなにやら小声でぶつぶつ言い始めた。 俺だって闇雲に言ったわけじゃない、なぜか知らないがそのような予感がしただけだ。でもあのときの俺の最後のセリフを思い出した時、ふとひらめいたのだ。 たしか『サプライズパーティはこれで終了だ、みんながあっちで待ってる』と言っていたっけな。そのあと、ハルヒとともに部屋に入り、姿を消した。てことは時間移動したんじゃないか、と俺は思ったわけだ。しかも、みんながあっちで待っているってことはここにいる全員が時間移動したってことになる、そうだろ。 どうやら俺の予感はあたりだったようだ。 朝比奈さんは溜息まじりで戻ってくると、 「……信じられません、……また、使用の許可がでました」 だ、そうだ。よかったな古泉。念願のタイムトラベルだぞ。 その言葉を聴いて古泉たちがどのようなリアクションを取るのかちょっと興味がわき、俺はちらりと横目で皆の顔色をうかがう。 さすがに新川さんと圭一さんは表情を崩したりしていなかった、内心ではどう思っているのか解らないが、実は飛び上がるくらい喜んでいたり、または初めて飛行機に乗る時のような不安に勤しんでいたりして。 次に森さんと裕さんだが、森さんは少し怪訝な表情だった、逆に裕さんは期待に満ちていた、これは解りやすい、不安と期待、まあどちらかしかないだろうな。 最後に古泉なんだが、ん? 意外と残念そうな表情だぞ。 「なんだ? 不服そうだな、てっきり喜ぶと思ったんだが」 「いえ、うれしくないわけじゃないんですよ、何せ人生初のタイムトラベル経験なんですから、ですが、なんというか、その、理由がですね」 なんだ、もどかしいな、はっきり言え。 「では、はっきり言いますけど怒らないでください、僕としては、なんだかこの時間にいては邪魔だからどこかに行けっ!と言われてるような気がしてならないんです、まあ、誰が言ってるとかは別として」 古泉は一瞬だけチラリと朝比奈さんの方に視線を送り、すぐさまいつもの微笑になった。 なるほど、古泉はどうやら時間移動することについては喜んでいるようだが、その思惑が未来人、つまり朝比奈さん(大)の指示で手ごまのように扱われているのが気に食わないらしい。 その気持ちは解らなくもないぞ、俺にだってたまには出し抜いてやろうと思って行動したことはあるからな、だが、出し抜いたかどうかの判断まではできないが。 「まあ、そんなことを考えても仕方ありません、ここは素直に従って初の時間旅行を満喫することにしましょう」 古泉はちょいっと肩をすくめ、朝比奈さんのほうに向き直り、 「それで、我々が行く先は何時間後なんでしょうか?」 「そのことなんですが、なぜか全部キョンくんの指示に従えってことしか言われませんでした、はぅ、あたしには何の理由も伝えられないし……あたしの存在って……」 またしょんぼりし始めた朝比奈さん、いえいえ、充分お役にたってますよ、何度も助けていただきました、まあそれは未来のあなたですが。 「それより、キョンくん」 朝比奈さんは急に俺のほうに真剣な顔を近付けてきて質問してきた。ちょっとどぎまぎしてしまうじゃないか、なにか意を決した感じで、ひょっとして告白か? などと我ながら馬鹿な妄想をしてしまった。 「キョンくんはいったい何者なんですか?」 「はい?」 何者も何も朝比奈さん、俺はただの一般ピープルですよ。ま、今のところちょろんとだけ未来人属性が付加されてますが、それでも俺自身で時間移動なんてできないし、どちらかといえば巻き込まれただけの人間です。特技と言えるのは愚痴と突っ込みくらいで、はい、なんでやねん! と、ここでさっき馬鹿な妄想した自分に突っ込みを入れておく。 朝比奈さんは、うーん、と考え込むようにして、 「そりゃ、キョンくんはどっからどう見ても普通の人だと思うけど……、でも、またキョンくんの指示に従えって命令されたんですよ。普通の人にそんな権限を持たせるなんて、ありえないことなのに」 朝比奈さんの疑問はもっともだ、しかし実際は少し違う、俺はただの代理人みたいなもので、俺に権限があるとかじゃなく、言わば伝書鳩のようなものなのだ。名目上、俺の指示に従えってなってるが、まあ、それはこのあとの展開をこの目で見て、体験した人物、として便利な手駒のように扱われてるだけです。 要するに、どっかの誰かさんが俺を雑用係と決めたせいで、あっちこっちで色んな用事を請け負う属性が付加されちまったのかもしれないってだけなのさ。 朝比奈さんは、そうなの? っと言って、俺の表情をしばらく覗き込み、 「……そうよね」っと何やら納得し、少し悪戯っぽく微笑んだ。 うん、とってもいいですよその微笑も。でも朝比奈さん(大)の片鱗が垣間見えます。 「それじゃあ、キョンくん、あたしたちは何時に跳べばいいですか?」 さてと、何時がいいかな、俺が出発してきた元の時間より後にした方がいいのは鉄板だ。 えーと、すでに深夜だったな、はっきりと時間は確認してなかったが、確か2時半くらいだったと思う。 そういう訳で、それ以降の時間なら問題はないはず、って事で3時頃にしておいた。 予想どおり、難なく時間移動の許可は下りた。だが、 「でも、キョンくんは居残りですよ」 先ほどと同じ悪戯っぽい微笑みで、諭すように朝比奈さんが言った。 「後はキョンくん一人でがんばってくださいね」 「え? 俺ひとりで?」 「そうです、キョンくん以外全員時間移動させろって言われちゃいましたから」 俺以外全員ってことは長門もか、ちらりと食堂の椅子に座って本を読んでいる無口文芸部員を見た。 「ちょっと待ってください」 俺はこの後のことについて思考をめぐらせた。たしか妹と鶴屋さんの姿が消えて、そのあと偽者の俺──つまり今の俺──が出てきて、ハルヒと共に廊下の奥の部屋に入った後、姿を消さなければならないんだよな。だとすると、 「で、でも朝比奈さんは戻ってくるんですよね」 寝ていた妹と鶴屋さんは事情を話して別の部屋に隠れてもらうことが出来るかもしれないが、ハルヒと俺が消えるのはどう考えても俺だけじゃ荷が重い気がするんだが……。 「うーん、そういう指令は言われなかったし、それにあたしには何の権限もないし……」 うつむき加減にそう言って、またもやしょげ返りはじめた朝比奈さん、別に責めてるんじゃないんですよ。 いや、まてよ、この朝比奈さんじゃなくてもいいのかもしれない、最後の俺とハルヒの姿を消すのはひょっとして朝比奈さん(大)なのかも。だとしたらこの時間の朝比奈さんはこのまま時間移動してもらった方が都合がいいのかもしれん。 「なんとかなります、てか、なんとかしますから後はまかせて下さい朝比奈さん」 あんまり細々考えをめぐらしても仕方ない、あの時俺とハルヒは部屋に入った後消えちまったんだ、これは俺自身が体験した事実で、ここでどうあがいてもきっと結果的にはそうなるんだろう。そういうもんだ。 こういう時間のややこしい事柄は俺の頭でいくら考えても答えなんて出ないのさ、それに、俺とハルヒがあの時に消えてしまうのは、言わば未来人風に既定事項ってやつだ、そうですよね朝比奈さん(大)。 「わかりました、それじゃキョンくん、また後で」 そう言ってウインクする朝比奈さん、ああ、かわいいです、そして名残おしいです。 「では、また数時間後に」 そう言ってウィンクする古泉、するな! ああ、気色悪い、お前なんか時間酔いしてしまえ。 「…………」 何か言いたそうにこちらを見てパチパチと瞬きをしている長門、ああ……なんだ? なんかの合図だろうか。 俺一人じゃ心配だとでも言いたいのか? それともこの後に何か予想だにしないことでも待っているってんじゃないだろうな、だったら目配せじゃなくはっきり言ってもらいたいのだが。 でもまあ、はっきり言わない所を見ると長門も古泉と同じく、手駒扱いされてるのが不服なのかもしれない。 と、まあこんな感じで総勢七名がこの時間から消失した。 急に静かになって、なにやら寂しく感じたが、あんまりここで落ち着いてる時間はない。 いつ、この時間の俺とハルヒがここにやって来るのかはっきりとした時間を覚えてないからな、と言うわけで、俺は三階に上がり階段のすぐ隣の部屋で待機することにした。 鶴屋さんの話だと、トイレに行った後、たしかハルヒは三階じゃなく、まず一階の方に探索に行ったんだよな。 部屋に入って間も無く、階下でハルヒの声が聞こえてきた、廊下で伸びてる『俺』を見つけたようだ。思ったより早かったな。 このままここでしばらく待機だな、そう思い、久々ののんびりタイムを満喫することにする、とは言え、眠っちまう訳にもいかず、この微妙な空き時間は少々つらいぞ。世の中では皆熟睡している時間だしな。 どれくらいたったろうか、そろそろ出番かもしれないと思い、階下の様子を伺いながら部屋から出て階段の所に詰め寄った。 鶴屋さんとハルヒがトイレに出てきた後、ハルヒは一階に探索に行き、その後、それを鶴屋さんから訊いたこの時間の俺が追いかけて一階に行くはずである。 その後はハルヒが夜食を作ったりするはずだから時間的余裕があるはずだ、その間に鶴屋さんに事情を話してどこかに隠れてもらうことにしよう。さて、妹はどうしようか、起こすか?ふむ、どっちでもいいか、起きれば鶴屋さんと隠れてもらい、起きなければ隣のハルヒの部屋にそのまま移動させときゃいいだろう。 あの時は他の部屋を探しに行ったりしなかったしな。 階下で鶴屋さんとハルヒが部屋から出てきたようだ、なにやら話しているが内容までは把握できない。 気配を殺しつつ、聞き耳を立てていると、背後に気配を感じた。ドキリとして振り返る。と、そこには。 「え!? 朝比奈さん?」 なんと、朝比奈さんが立っていた、驚いたことにゴージャスバージョンではなく、俺の良く知る方のである。 思わず声を出してしまった俺に対して朝比奈さんは、人差し指を口に当て、シーっと言ったあと、 「ふふ、来ちゃった」 と、小悪魔っぽく微笑んだ。 それは、将来都会で一人暮らしをはじめた俺の部屋の前で、田舎から追いかけてきた幼馴染が、俺の帰りを夜遅くまで廊下で待っていて、久々の再会ような時に聴いてみたいセリフだ。 ま、こんなかわいらしい幼馴染がいたら放っておくなんてしないだろうがな。 「ちょっと心配だったから、キョンくんの所に戻れるかどうかためしに申請してみれば許可が出たの、でも、あたしがいても役にたてるかどうか解らないんだけど……、それから、どうやらあたしがここに戻ってくるのも上の人にはわかってたみたい」 その上の人ってひょっとしなくてもあの人なんだろうな、などと思ったりもしたが、そんなことは今更なことだ。 「俺としては、また会えてうれしいですよ、それに実を言うと俺一人じゃ睡魔との闘いにまけそうなところだったんです」 朝比奈さんのおかげで睡魔のやつは完全降伏いたしましたよ。 朝比奈さんは、少しでも役に立ったのならそれでよかったっと言って下さり、俺は俺で朝比奈さんとまた一緒に行動できることに少し舞い上がっていた。 気が緩んでいた、そう言い切るしかないのかもしれない。完全に忘れていたんだ、俺は。肝心な時には鈍感で、絶妙な時には何故か感が鋭い世界の中心人物の存在を。 「誰? 誰かそこにいるの?」 急に声をかけられ、誰かが階段を上り近づいてきた、その時にはすでに隠れる時間も場所もなく、俺と朝比奈さんはびくっとして体と表情を強張らせるしかできなかった。 ────なんと、ハルヒに見つかってしまったのだ。 すぐさま古泉の言っていた事が俺の脳裏をよぎり、俺の今後の行く末を想像して頭を抱えた。 次回、結末編につづく 挿絵
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いくらハルヒでも朝比奈さんが海に落っこちようとする前には助けるだろう。 俺は天井を見上げてそう願い、鞄を枕にして横たわった。 朝も早かったことだし、少し眠らせてもらうことにする。 ------------- こ、こいつは…!まさか…本当に巨大イカが現れるなんて… なんて、本気具合30パーくらいの驚きコメントを出してから、 俺は先程のハルヒの言葉を思い出す。確かこうだ。 『-船ごと流氷に激突するとか、巨大イカに襲われるとか…』 あいつの言葉通り、今俺達の乗っているフェリーは巨大イカの襲撃を受けていた。 勘弁してくれ。 ---------- 「おや、眠ってしまいましたね」 「…」 「どこでも眠れるというのはある種の才能だと思いませんか」 「適度の睡眠は体力を回復させる。しかし睡眠にもエネルギーを要する」 「あまり寝過ぎるのは良くない、ということですか」 「…そう。よくない」 ----------- 巨大イカは船体に吸盤で引っ付き、うねうねとうごめいていたが突如動きを止め、 嘘みたいにいびきまでかきやがる。 「おや、眠ってしまいましたね」 古泉は相変わらずの気取った身振りで、これまた相変わらずの無表情に語りかける。 「…」 「どこでも眠れるというのはある種の才能だと思いませんか」 「適度の睡眠は体力を回復させる。しかし睡眠にもエネルギーを要する」 二人とも何を呑気に話しているんだ。 二人にとってはたいした問題でなくとも俺や朝比奈さんには大問題なんだ。 言っておく。俺は高校一年の若さで海の藻屑にはなりたくないぜ。 とりあえず、甲板にいるハルヒ達を呼び戻さなければ。 ----------- 「…ハル…ヒ」 「…ふふっ…これはこれは…寝言ですよ長門さん」 「ユニーク」 「…あっ!ちょっとキョン何やってるのよ!」 「涼宮さん」シーッ 「な、なに?」 「…ハルヒ」 「な…!」 「わぁ、キョンくん…涼宮さんの夢でも見てるんでしょうか」 「静かにするべき」 「ひぇ…」コクコク ----------- 「ハルヒ達を呼ばないとまずいだろ!」 「ふふっ…これはこれは…寝言ですよ長門さん」 「ユニーク」 な…何だって?自分の耳と目を疑う。 こいつらは確かに俺とは『違う』存在だ。 だが、一応はハルヒを気遣かっていたはずじゃなかったか? この悪意に満ちた顔は何だ? 今回のこの合宿、まさかこの為に… ハルヒに危害を加えるために計画したのか…? 巨大生物の襲撃を望むことを見越して…? いや、ハルヒはそんな事本気で望んだりはしない。あいつは… 「ちょっとキョン!何やってるのよ!」 ハルヒ! 「涼宮さん」シーッ 「な、なに…?」 振り返るとニヤケ野郎が俺の首筋にナイフを突き付けてやがる… 「ハルヒ…逃げろ!」 「な…!」 「わぁ、キョンくん、涼宮さん…夢でも見てるんでしょうか」 「静かにするべき」 「ひぇ…」コクコク 長門!お前まで…朝比奈さんを脅すとは。 ----------- 「…ながと…おま…あさひなしゃん…」 「…愚か」 「このアホキョン!このぉっ!」 「待ってください涼宮さん!」 ----------- 「…愚か」 く、くそ…超能力野郎と得体の知れない宇宙パワー使い… 暴れて勝てる相手じゃない…のは、あの夕暮れの教室と灰色の空間の経験で (どっちも二度と行きたくないな)、分かり切ってる。 諦めるしかないのか… 「このアホキョン!」 ハルヒが動いた。畜生、忌ま忌ましい事にこいつは二人のプロフィールを知らない。 特攻しても無意味なんだ!ハルヒ! 「待ってください涼宮さん!」 古泉の手に力が込められるのがわかる。 どっちにしろ死ぬなら、覚悟を決めるしかない…か! …うぉぉ!? 「キョン!ぶっ飛ばすわよ!」 「わ、わわキョンくん!」 「涼宮さん!やめて下さい」 「揺れ動く船内でその行為は推奨しない」 ----------- ガクン、と船が揺れた。体ごと揺さぶられるような揺れだ。 うぇ、気持ち悪い。巨大イカがどうやらお目ざめのようだ。 不幸中の幸い、俺は揺れを利用して古泉から逃れる事ができた。 ハルヒの声が響く。 「キョン!ぶっ飛ばすわよ!」 あぁ、やってやるさ。 その声に対する俺の反応はすごいもんだったぜ。 一足飛びでロッカーにあったモップを引っつかむと、すぐさまハルヒと合流。 「わ、わわキョンくん!」 朝比奈さんにも驚いて頂けたようだし、何より。 「涼宮さん!やめて下さい」 「揺れ動く船内でその行為は推奨しない」 立ち塞がる二人は完全にびびってやがる。いくぜハルヒ。 二人まとめて血祭りにあげたあと、巨大イカ焼きでも食うか。 「ハ…ルヒ 二人まっ…めて…ぇっちまつり…イカ焼き…」 「ふふっ…くくく…」 「何がおかしいのよ古泉君…こいつには厳罰が必要だわ… みくるちゃん!カメラ!」 「は、はぃ」カシャカシャ… ----------- 「ふふっ…くくく…」 ふん、繕うように余裕の笑いか。無駄だぜ。 「何がおかしいのよ古泉君…こいつには厳罰が必要だわ… みくるちゃん!…メラ!」 「は、はぃ」カシャカシャ… ざまぁみやがれ。ハルヒと朝比奈さんは俺が守ってやる。 安心してあの世へ行きな。 …ん?カシャカシャ?カシャカシャってなんだ?メラはもっと炎っぽい音じゃないのか? あれ…ハルヒは…朝比奈さんはどうしたんだ? 俺が朝比奈さんの放ったメラの効果音に違和感を感じた途端、世界が暗転した。 ----------- 「ノンレム睡眠に入った」 「乗り継ぎの島に着いたようですよ」 「キョンくんかわいかったですね、えへっ」 「…」 「特に最後のセリフはいつか彼が起きている時にも聞きたいものです」 「古泉君、みくるちゃん、有希。荷物をまとめなさい! あたしはバカキョンを起こすから」 「はぁい」 「わかりました」 「…」 『ハルヒ…さ…は俺…守って…やる』 ----------- ---------- 夢の中では何かファンタジーなことをしていたような気がするのだが、 記憶に定着させる前に俺は叩き起こされ、ハルヒからの命令電波を受信した。 「何寝てんのよバカ。さっさと起きなさいよ。 あんたは真面目に合宿するつもりあんの? 行きの船の中でそんなことじゃこれからどうするつもり?」 おしまい
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プロローグ 季節は夏だ、誰がなんと言おうと夏なんだ。 夏と言えば、学生である俺たちにとっては待ちに待っていた、そう、 サマーヴァケイション! 夏休みだ。 で、その夏休みなんだが、またもや初日から俺達SOS団は合宿という名目で、 去年来た孤島の別荘へ来ることになっちまった。 それはまあいい、俺にとってこの合宿は、海辺ではしゃぐ水着姿の女性陣を見て、 眼の保養をするのが目的だと言っても過言ではない。 しかも、今年はさらに女性陣が一人増えてるからな。でもそれは新入生じゃないぞ。 まあ、ひとり神出鬼没な新入生がいたような気もするが別にそんなことはなかったぜ。 そう、隠す必要もない、SOS団名誉顧問の鶴屋さんだ。 実は鶴屋さんの知り合いが所有している海外の城に行く予定だったのだが、 それは城の所有者の都合がまだつかない、という理由でやむなく延期となった。 鶴屋さんは、大見得きって招待するはずだったのに申し訳ないっ! と、謝っていたがこっちとしてはその方が色々と都合がいいので気にしないで下さい。 それに、ハルヒが夏休み初日から行動をおこすことを、 もっと早く鶴屋さんに伝えておけば良かったんだが、忘れていた俺たちにも責任はあります。 で、今回は去年のメンバーに鶴屋さんも加わった。 と、いってもこのメンバーは冬休みに雪山へ行った時と同じだ、 すでに鶴屋さんは俺たちの仲間と言ってもいいくらいだしな。 そういう訳で俺たちは別荘に向かった、ついでに言えば妹もついてきている。 海外の城に行く時はさすがに連れて行けないからな、 そのかわり、去年は臨時参加だったが今回は正式に連れてってやる、ってことにした。 とまあ、もっともらしいことを言ってるが、実際は親に妹の面倒を押し付けられただけだ。 それに、密航まがいのことをされるより、普通に連れて行ったほうがまだましだからな。 適当に部屋割りをした俺たちは以前と同じくハルヒの選んだツインルームに集合した。 ベランダから見える水平線を眺め、腕を組んでいたハルヒが、 何かを思いついたように口を開いた。 「解ったわ!」 勢いよく俺達の方に振り返るハルヒ、すかさずツッコミをいれる。 「何がだ」 「犯人」 一瞬デジャヴかと思ったがこれはまったく去年のやり取りだ、 知らないのは鶴屋さんだけだが、説明することでもない。 「またか、また圭一さんが犯人とかいうのか」 まったく、進歩してねぇなコイツは。 「違うわよ、今回の犯人は……」 ニヤリと不敵な笑いを浮かべ、一同を見るハルヒ。 「キョン! あんたね」 そう叫んでいきなり俺を指差す団長、突っ込む気も起きん。 「そしてやっぱり最初に狙われるのは、みくるちゃんね」 「ひいっ」 ビシッって感じで朝比奈さんを指差すハルヒ、 律儀に去年とまったく同じリアクションをする朝比奈さん、 そこまでしなくてもいいですよ。適当に流してください。 そして妹よ、兄をそんな目でみてはいけません。 ちなみに朝比奈さんの隣に座っている長門は去年と同じく無言で読書中、まあ、 俺にとってはその姿の方が安心するが。 「キョンくんっ、開放的になったからって、みくるにおいたはだめにょろよ」 ずいっと前に出てきたのは鶴屋さんだ、長い髪がふわりとゆれる。 「ハルヒの言うことを真に受けないでください、 そんなこと出来るはずないじゃないですか、俺に出来るとしたら写真を撮るくらいですよ」 被写体として狙うんならまず朝比奈さんからだ、それに関してならハルヒの予言通りだな。 「お、それいいねぇ、あたしもみくるの水着写真撮りまくることにすっかな」 くるりと朝比奈さんの方に向き直る鶴屋さん、よし、 鶴屋さんを味方にすることに成功だ、水着写真が撮りやすくなったぞ。 「そこのニヤケ面っ!」 やおらハルヒが雄叫びをあげ、俺に人差し指が突きつけられた。 にやけ面でわるかったな、俺にとってこの合宿の一番の目的がそれなんだ、 健全な男子高校生なら誰だって俺と同じ考えになるさ。 ここにいない谷口や国木田ならわかってくれるだろう、ここにいる古泉はどうだかしらんが。 「あんたにカメラは渡さないからね!」 そんなこんなで海岸の砂浜にやってきた。 うん、やっぱ海はいいねえ、水着美女が複数いるし、 特に長髪の方はもれなく髪を束ねてくださるのがいい、三割、いや、魅力五割り増しだ。 ハルヒも鶴屋さんも我が妹もどこにそんなエネルギーがあるのか、はしゃぎ過ぎだな、 朝比奈さんだけ振り回されてる感じだ。 で、長門お前は参加しなくていいのか? たしか泳ぎもハルヒ以上に達者だったろ。 いざとなったら読書しながらでも海の上を走ることが出来そうだが、 こんな時くらいはみんなと普通に接してバカンスに興じてみるのもいいんじゃないのか、 とはいえ、はしゃいでる長門ってのは想像すらできないが……。 「有希っ! 古泉くん! ついでにキョン! あんたらも来なさい!」 ほら長門、団長様がお呼びだぜ、て、俺はついでかよ。 ま、ついででもいいや、水着美女達と一緒にはしゃげるならな、 あとで谷口と国木田に自慢できそうだ、……しないけどさ。 普段は倦怠ライフをこよなく愛する俺だがこの時ばかりはアウトドア派に切り替わる、 もともと俺は寒い冬より夏の暑さの方が好きなんだからな。 いま、こうして何も考えずにはしゃいでいられるのは、 ここまで来る途中のフェリーの中で古泉に確認をしたからだ。 「去年のようなサプライズパーティがまた用意されてるのか?」てな。 すると古泉は、苦笑交じりに、 「事前に言ったらサプライズにならないじゃないですか」だと。 そりゃそうだな。じゃ質問を変えて、冬の時のような推理ゲームなんてのを用意してるのか。 古泉はあごに手をあて、少し思案した後、 「正直に話しましょう、何かが起こるのか、それとも何も起こらないただのバカンス旅行になるのか、 今回僕は何も知らされていません。本当です。 ですから、今の僕は完全にあなた達と同じ立場なんですよ、 ひょっとしたら森さんや新川さんあたりが何か用意してるのかもしれません、 そう考えると少し楽しみです」 ひょっとしたら機関の仲間からハミゴにされてるんじゃないのか? なぁんてな。 「あなたは時折ひどいことを言いますね、折角のいい気分が台無しです」 お前が本当に楽しみにしているような顔をするからだ、とはいえなんだろな、この安心した気分は。 長門といい、古泉といい、もともと所属していた所よりここ、 俺たちがいるSOS団の方を重視している感じがするのは非常にいい気分だ。 おっと、朝比奈さんは最初から俺の精神安定剤だ、見ているだけでいい気分になる。 だが、朝比奈さん(大)の方は滅多に会わないせいかどうにも仲間って意識は芽生えないが。 と、そんなことは今は関係ない、何が起こるのかわからないから今を楽しめるんだ、 長門も未来との同期を断絶したから行動の自由を得たとか言ってたからな。 とはいえ古泉はともかく、機関としてはハルヒを退屈にさせない方がいいらしいからな、 何かしら退屈しのぎを用意してきそうだ、古泉じゃないが楽しみにしておくとするか。 プライベートビーチでの海水浴を終え、風呂に入った後、 部屋でのんびりとしていたら夕食の時間になった。いや、晩餐と言ったほうがいいか、 新川さんの料理はすごく豪華だったからな。 ハルヒも長門ももう少し落ち着いて食えよ、ちゃんと味わってるのか? 朝比奈さんと鶴屋さんを見習えって。 で、妹よ好き嫌いはよくないな、それにプロ級の調理人が高級食材(だと思う)で作った料理だ、 いつも食べてる庶民的な味付けじゃないから絶対食べておいたほうがいいと兄は思うぞ。 余談だが、新川さんと森さんが食後のデザートを持ってきたときハルヒが、 「今回キョンはデザート作りを手伝ってないの?」 と言ってきたが、そんな時間どこにあったんだ。なんか知らんがハルヒの中でデザート=俺、 ってことになってるのか? 「そんなだからあんたはいつまでたっても雑用なのよ、 団員だったら団長のためにそれくらいのサプライズを用意しときなさい!」 とか言っていたが俺にはさっぱり解らん、 俺なんかが作るより新川さんが作った方が出来がいいに決まってるだろ、まったく、 ハルヒはただ俺に労働をさせたいだけじゃないのか? て、なんだか長門も朝比奈さんも俺のほうを見ているが何か言いたいことでもあるんですか。 古泉はいつものことだが鶴屋さんまでニヤニヤしないで下さい。 ところで妹よ、デザートはおかわりするものじゃありません、 あと寝る前にはちゃんと歯を磨くように。 晩餐の後は花火をしたり、孤島探検肝試しをしたりして皆でワイワイしていた。 肝試しの時、クジでペア分けしたら、俺とハルヒ、鶴屋さんと朝比奈さん+妹、長門と古泉、 という俺にとってはまったく盛り上がらない組み合わせになった、一番の役得は鶴屋さんのようだ。 一番手の俺とハルヒは肝試しじゃなく、ただの孤島探検になっただけだった、 どんどん進んでいくハルヒ隊長について行く隊員俺って感じだ。気分でねぇー。 とはいえつまらないわけじゃないけどな、そこそこ楽しめた。 二番手の鶴屋・朝比奈上級生+妹組は、ちゃんと肝試しになっていたようだ、 終始鶴屋さんの笑い声と朝比奈さんの悲鳴、妹の奇声が孤島に木霊していた、うーん楽しそうだ。 三番手の長門古泉ペアは、どうだったんだろうね。さっきとは対照的で終始静かだった。 まぁ、長門が悲鳴をあげたり、古泉が取り乱したりするよなことはありえないからな、 しかし、まさかとは思うが二人とも無言でコースを一周してきたんじゃあるまいな。 そんなこんなで孤島探検肝試しは無事終了、しかし初日からハードだな、 とはいえこれがいつものSOS団ってな感じだ。なにせあの台風娘が団長だしな。 いつも以上に肉体の疲労を感じつつ、別荘に向かっていると、 「風が出てきましたね」 いつも安っぽいスマイルを顔面に貼り付けた副団長が、 不意にその微笑の仮面をはがしながら俺の方に振り向いた。 だから真面目な顔は気味が悪いやめろ。 「すいません……、でもこの様子じゃ去年同様、明日は嵐になるかも知れませんね」 古泉の言うとおりなにやら不穏な空気が漂い始めている様な気がした、 満天の星空も月明かりも、今は翳り始めていたからだ、 これが俺の気のせいだったら良かったのだが、こんな時に限って俺の感は外れてくれなかった。 それでも俺たちSOS団はどんな困難でもなんとかなると思っていた、 宇宙人、未来人、超能力者、それに世界の中心的存在までいらっしゃるからな。 なんて結構楽観的に考えていたあさはかな俺は、 このあと、とんでもない事件が起こるなんて思いもしなかったのだ。 別荘に戻り食堂でくつろぎながら飲み物を飲んでいると、 「ふぁ~あ」 さっきまでうろちょろしていた妹が、 飲みかけのジュースの入ったグラスをテーブルに置くと、眠そうなあくびをした。 さすがにはしゃぎ過ぎたせいか、いつもより早く睡魔が襲ってきたようだ。 ハルヒはまだまだ遊ぶつもりのようだが、妹はもう限界だ、 それに小学生に夜更かしさせるのは良くないしな。 周りをみてもどうやらハルヒと長門以外のメンバーはお疲れ気味のようだ。 長門はともかくハルヒはいったい何処にそんなエネルギーを蓄えてるんだ? ひょっとして核融合炉でも体内に内蔵でもしてるんじゃないのか、 あの食欲はきっと燃費の悪いそれの維持に使われてるのかもしれないな。 そんなこと思いつつ、俺は地下の遊技室に行こうとしているハルヒに、 「すまないがハルヒ、今日のところはこれでお開きにしてくれないか、 俺たちはともかく妹はそろそろ限界らしい、今朝は早起きしてきたからな」 意気揚揚と遊びに行こうとしていたところに水をさされた団長様は少し拗ねた表情をしたが、 俺の妹の様子をみて、しょうがないって感じの微笑に切り替える。 「まあいいわ、その代わり明日以降は今日以上に遊びまくるからね、 それこそ途中で眠くなんかならないくらいに」 何か知らんが大威張りで宣言するハルヒ、なにか変なこと思いつかなきゃいいんだが、 などと要らぬ心配をしていると、 「ハルにゃん、睡眠不足は健康によくないっさ、夏休みは始まったばっかだし、 昼間はめがっさはっちゃけて、夜は豪快にぐっすりと寝た方がまた次の日も大暴れできるってもんさっ」 鶴屋さんが俺のほうに目配せしながらハルヒをなだめてくださった。とてもありがたい。 あなたのほうが神様です。ああ、鶴屋さま。 俺は鶴屋さんに感謝すると、妹と同じ部屋で泊まることになっている朝比奈さんの方に向いた。 ハルヒが、あたしの部屋のほうが広いわよ、などと妹に言っていたが、 妹はまたもや朝比奈さんとの同室を選びやがった、ま、わからんでもないが。 そんなわけで朝比奈さんに妹を部屋に案内させてもらう旨を伝えていると、 「キョンくんも一緒に来てください」 と、朝比奈さんが耳元でささやいた。うん、ゾクリときたね。 とはいえ、眠そうな妹を連れて行くだけなのだが、 朝比奈さんがなにか俺にアプローチをしてくるときはなぜか裏で朝比奈さん(大)が暗躍してる、 という図式が俺の頭の中に浮かんでしまい、なにやら勘ぐってしまう俺が情けない。 そのとき、俺はどんな表情だったのだろうか、自分で確認することができなかったのだが、 視界の端のほうでハルヒが俺のほうを見ていたような気がした。 その時のハルヒがただ俺たちのほうを見ていただけだったのか、睨むような眼差しだったのか、 いまさら知る由もないのだが、さほど気にせず、俺たちは食堂を後にした。 二階にあがり、俺と妹は朝比奈さんの泊まる部屋の前まで行く。 そこでやっと妹の着替えやら荷物が俺の部屋に置きっぱなしになってることに気づき、 ついでに妹の歯磨きと寝る前のトイレに行かせるために朝比奈さんとは分かれることになった、 「じゃ、また後でね」 と、妹に言って部屋に入ろうとしていた朝比奈さんを見送くった後、妹をトイレまで連れていき、 その後俺は自分の部屋に妹の荷物を取りに行った。 妹の着替えの入ったカバンと、洗面用具を持ち出して、トイレまで妹を迎えに行く。 俺は事切れそうな妹を洗面所までつれていき、強引に歯ブラシを渡し、磨かせた。 所要時間10分もかからなかっただろう、すぐさま朝比奈さんの部屋まで妹を連れて戻ってきた。 何度か扉をノックして待っていたが、なぜだかまったく返事が帰ってこない。 この時、俺は言い知れぬ違和感を感じた、なんだろう、虚無感、静寂、不安? よく分からんがそのような感覚にとらわれたのだ。 「朝比奈さん、どうかしましたか?」 声をかけても静寂しか辺りに漂わなかった、なんかいやな予感がする。 「朝比奈さん、開けますよ、いいですね」 失礼しますと言って開けて入った部屋の中には誰もいなかった。 ただ、窓の外から風の音がびゅうびゅうと聞こえていて雨が降り始めてきていたらしく、 窓ガラスに水滴がつき始めていた。 ひょっとして部屋を間違えたか? などと思い、何度も廊下の部屋番号を確認する。 それに朝比奈さんの荷物もあるし、この部屋で間違いないはずだ。 ちなみに両隣の部屋にもノックしたが返事はなかった、 俺の記憶が正しければ左隣が鶴屋さんで、右隣が長門の部屋だったな。 彼女らの荷物もあるし勝手に入るわけにもいかんな、てか鍵かかってるし。 「みくるちゃん、どこいったの、トイレ?」 妹よ、俺たちはそのトイレと洗面所がある方からこの部屋に向かって来たはずなんだが、 その間、誰ともすれ違うことなど無かったと記憶しているぞ。 しかし、何か忘れ物か落し物でもして下に降りてったということもあるかもしれない。 「わからん、だとしたらすぐ戻ってくるかもしれんが、誰かに呼ばれて出て行ったのかもしれん」 本来なら俺が探しに行って妹はここで待てっというところだが、 何故だか知らんがここに妹を一人にしないほうがいい気がした俺は二人でみんながいる食堂に向かう。 すでに外は嵐になりかかっていた。 朝比奈さんが忽然と消えた、これがこの事件の幕開けだとは思いもしなかった。 挿絵1 挿絵2 つづく